【ジョブチェンジ！】

　『ミッドナイト・フリーキー・ショウ！』。謎めく深夜番組。今や寝子島には、時に危険で、時にグロテスクで、それでいてどこか魅力的な番組を心待ちにする人々も、きっと少なくは無かったことでしょう。幾夜もの放送を重ねるにつれて、番組は確実に、その視聴者を増やしてきました。
　けれど、テレビ局かどこかにでもありそうな、まるで芸能人が出番を待つ楽屋のようなこの部屋が、本当にその全ての謎に通じているとするのなら。そこはあまりにも手狭で、雑然としていて、ひどくありふれているように見えました。
「退屈な待ち時間も、皆さんとご一緒なら、寂しくありませんね。んふふ♪」
　もっとも、その場に佇むいくつかの存在は確かに、著しく奇妙ではあります。たとえばにこにこ顔、来訪者へアメ玉など勧め始めた、胡乱路 秘子。それに、
「おおっ、福ちゃん！　こんなとこにいたのだナデナデよしよしなのだ～」
　後木 真央がひょいと抱き上げた、レンズ・キャッツも。じじじ、じじ、じいい……眼球代わりのカメラ・レンズが真央を見上げ、福ちゃんは機嫌良さそうに、ぺろりとその頬を舐め上げます。
　あたりを見回すと、奇妙な黒猫は部屋の中に何匹もいて、
「あ、クロワ！　『ササミだニャン』、食べる？」
　ぱか、と綾辻 綾花が開けた缶詰の匂いにつられて、しゅぱん！　青白い燐光とともに姿を現した黒猫は、さっそく頭をくりくりと撫でられてご満悦。


　畳の上へ腰を下ろした恵御納 夏朝の足にすりすり、頬を擦りつけたのは、オレンジ色のリボン付き首輪を身に着けた黒猫。
「おはぎちゃんも……おやつ、たべる？」
　おはぎと呼ばれたレンズ・キャッツは、ただみゃあとひと声鳴いて、夏朝に身体をくっつけたまま丸くなり、あくびをひとつ。
　楽屋の中には実に穏やかな時が流れていて、垂れ流されているテレビのバラエティ番組では、最近売り出し中のコンビ芸人が鉄板ギャグを繰り出し、どっと笑い声が響きます。とはいえその場の誰しも、そんなものを素直に楽しもうとは思わなかったことでしょう。
「なにが『みんなの新出府★譲』、さ！　こんなところに閉じ込めておいて……」
　何しろ、ロベルト・エメリヤノフが部屋の扉をがちゃがちゃと回してみても、それは全く開く気配がありません。鍵の類はどこにも見当たらず、少なくとも、こちらから開くことはできないようです。
（でも……特番、だっけ。確かに今は、胡乱路をリラックスさせるのが一番かな……）
　夜をまたぐようにして、この場にも謎は多くあり、ロベルトとてもちろん気にならないわけはありません。けれど、いつか見た……秘子の、弱点とやら。それに彼女の故郷であるという、あの不気味な街で垣間見た、彼女の過去。
　どこか自分と似て近しく感じられる彼女へ、ロベルトがもっとも強く抱く感情は、気づかい労わる心に他なりません。
　しばしの思案の後。ロベルトは、テーブルの上に用意されたお菓子や、雑誌にマンガ、テレビのリモコンなどに混ざり置いてある、やけに古めかしく色褪せたカードゲームを手に取ると、しげしげとそれを見つめ、
「……うん。それじゃ胡乱路、出番までみんなと一緒に、このゲームで遊んでようか」
　そう言うと、彼女はにんまり、微笑みました。




「『ＭＦＳ！』だったか？　聞いたことくらいはあるが……まさか、俺も関わることになるとはなぁ」
　とは言いつつも、探検部の部長などという勇ましい肩書きを持つ、龍目 豪のこと。
「ま、ゲームしてバイト代がもらえるっていうなら、やってみるか！」
　にっ、といつもの明るい笑みを浮かべて、テーブルの上に伏せられた山札へと、躊躇いも無く手を伸ばします。
　するりと引いたカードには何やら、『job：Primitive hunter』という一文。それに、石槍を勇壮に構えて巨大なマンモスへ突撃する、原始人のようなイラストが描かれています。
　ゲームのパッケージには、踊るような『What a amazing jobs!』の文字。どうやらそれが、このゲームのタイトルであるようです。ロベルトが古ぼけた空箱を手に取り、
「引いた『ジョブ』ごとに発生する『ハプニング』を、『メソッドカード』を使ったり、『アクシデントカード』に対応したりしながらクリアして、仕事を完遂するのが目的……だってさ。胡乱路は何だった？　僕は、スパイだったよ」
「わたくしは、Astronaut？　宇宙飛行士みたいです」
　ロベルトの手には、颯爽とタキシードを着こなす、敏腕スパイの姿が描かれたカード。秘子のカードには、宇宙服を着た人物が、宇宙船の外壁を修理する船外活動の様子が描かれています。いずれも絵柄は懐古的で、このゲームはどうやら、何十年と昔に作られたものであるようです。
「あら。秘子さんとは離れてしまいましたわねぇ？」
　残念そうに、けれどにこやかに言ったのは、毒島 虹子。彼女が引いたのは、豪と同じく原始時代の狩人です。
「寂しいですが、お互いに頑張りましょうね♪」
「ええ、毒島さんも、頑張ってくださいませ！　んふふ、後でそちらのお話もお聞かせくださいね？」
「もちろんですわぁ」
　楽しげではありながら、けれど虹子が好むのは、『ＭＦＳ！』に付随する他者の悲哀や絶望、狂気といったものであり、彼女が目の前の秘子自身へどれほどの関心を抱いているのかは、図りがたいものがありました。けれど少なくとも今は、その表情から、胸の奥に秘めた黒い思惑を読み取ることはできません。
「……楽しむのはいいが」
　一方、眉を寄せて心配そうな目線を寄せたのは、矢萩 咲。彼女は、抱えた一匹の黒猫……以前に『リン』と名付けたレンズ・キャッツの毛並みを撫でつけながら、秘子を案じます。
「気を付けてな？　胡乱路さん」
「？　あっ、そうですよね！　協力するゲームですから、ヘンなカードを引いて、皆さんのご迷惑にならないようにしませんと」
　あくまで浮かれたような彼女へ、咲は、ほうっとため息をひとつ。
（まったく……あの男には、いつもイラつかせられる）
　咲にはどうにも、彼女があの深夜番組へと、どうしようもなく囚われているように見えました。いつも笑顔な秘子の本心はどうあれ、深みにはまり、抜け出せないでいるように見えました。そしてこれまでの幾度にも渡る邂逅から、恩人たる彼女を、いつかそこから助け出したい。そう考えるようになりました。
　自然、番組の背後に見え隠れする、あの男へ。抱くのは純粋なる、敵意です。
（胡乱路さんを救い出し……絶対に、吠え面かかせてやる。新出府 譲！）



　全員が『ジョブカード』を引き終わったら、担当する職業ごとに別れてカードを囲み、いよいよゲーム開始です。
「よーし、それじゃみんな、頑張ろうゼイ☆」
　志波 武道がそう宣言した、瞬間に。
　ＦＯ/Ｄ－00783『リアルアナログゲーム』は宿した奇怪な力を余すことなく発揮し、見える世界は一変しました。