黄昏への訪問者たち｜リアクション

黄昏への訪問者たち

「やれやれ」
　高久の手を取って立たせ、智照和尚はいっそ爽快に笑う。
「これは明日はあちこち痛みが来てしまいますねぇ」
「見事だった」
　泥のついた手を腿の服で拭い、高久は改めて智照に手を差し出す。一戦目には勝ちを拾い、二戦目には敗北を喫した。それでも、気分はこの上なく晴れ晴れとしている。
「ステゴロ！」
「タイマン！」
「サイキョー！」
　自分たちを囲んで賑やかに騒ぎ立てる、お祭り好きな妖達を見回す。一対一で拳を競わせる、これ以上なく単純明快な場所が、
(俺は好きだ)
　黄昏の空に、高久は笑う。
「連戦でなければ私が負けていましたよ」
　手強かった対戦相手と強く握手を交わし、智照は眉尻を下げる。
「いやぁ……最近次の日に来ない事も多いんですけども」
　酷使した腕や足の筋肉をせめて少しでも緩ませるべく、黄昏空に伸びをする和尚の手に、空駆けてきた一反木綿が金一封を素早く掴ませる。あんたも、と和紙に包まれたこの場でしか使えぬ札の束を握らされ、高久は破顔した。
「勝者の奢りで飯、だったな」
「そういえばまだ名乗ってもおりませんでしたし、温かいものでも頂きながらのんびり自己紹介から始めましょうか」
　微塵の遺恨もなく笑いあう男二人の脇を、木っ端天狗達を引き連れた伊織翁が通りがかる。
「おう、てめえらも行くかい」
　そっちの兄ちゃんたちも、と声掛けられ、目を覚ました記士郎に肩を貸して救護所に向かおうとしていた寝太郎は頷いた。
「……負けたのでしょうか」
　まだ少し朦朧とした瞳で、記士郎はぼんやりと呟く。うっすらと靄がかかったような視界の中、自分を打ち負かしたその癖、泥と傷に塗れた対戦相手の青年を見つけた。気づかわしげな視線に軽く手を上げて応じ、記士郎は小さく息を吐く。
　悔しかった。
　悔しいと思う、その感覚も久しぶりだった。
「天動さんて、穏やかな顔して結構こういうの目がないですね？」
　しょうがないなあと呆れたように笑われて、記士郎は己が微笑んでいることに気付く。
　楽しかった。
　楽しいと思えたことが可笑しくて、記士郎はもう一度、笑みを零す。
「この顔では今日は店は開けられないですかねえ」