雲のない藍の空に朝陽の朱金が広がる。
「……ああ」
蒼く、未だ暗い九夜山を仰ぐ。寺院の境内を掃き清めていた手を止め、もうほとんど落葉した紅葉の幹に竹箒を立てかける。
「朝が遅くなりましたねぇ」
早朝の寺院の庭を見渡し、旧市街外れの古刹
音来寺の和尚、
齋藤 智照は払暁の空に向け掌を合わせて一礼した。
折った腰を伸ばし、眼鏡の奥で伏せていた黒い眼を上げて、
「おやおや」
智照は目尻に笑みの皺を刻む。
ひとつ瞬きするうちに、目前を渦巻く白霧が覆い尽くしている。
合掌した手に雲の欠片が触れる。指先を濡らす冷たい雫にこれが夢ではないと悟って、けれど和尚は然程動じなかった。剃髪の頭をつるりと撫で、草履の足を踏み出す。
「これは……」
「なんや、またかいな」
軽い口調の声が耳に届くと同時、眼前を白壁の如く隠していた白霧がまるで鋭く絶たれたように消え失せた。
暁の瑞々しい陽光とは違う、日暮れを優しく嘆くような茜の光が視野いっぱいを染め上げる。見上げれば、白く明けゆくばかりだった空が今は赤く暮れようとしている。
「そのようです」
幾度か迷い込んだことのある黄昏空の世界に、くすり、和尚は短く笑んだ。
「まあええわ、ゆっくりして行き。向こうでは見れへんもんもようけあるやろ」
「ありがとうございます」
自身の世界とは住人の姿かたちも理も違う、奇妙な世界を訪れる度に現れ案内人か番人じみた言動を見せる、能に言う翁の面を掛けた男に一礼し、智照は視線を巡らせる。
なだらかな弧を描く地平の果てまで、柔らかな草地の丘が伸びている。丘のあちこち、巨大な墓石じみた白い巨石が空を目指し、その巨石の周囲にさまざまなかたちしたさまざまなナニカが遊んでいる。
一方では、ずしんずしんと地響きさえたてて鍛え上げた巨大な身体をぶつけあう身の丈五メートルはあろうダイダラボッチとミノタウロス。
「ステゴロ!」
「タイマン!」
「「サイキョー!!」」
彼らを輪になって囲む人ならぬナニカの群が雄々しい声で不可思議な呪文を喚くその上を、どちらが勝つかの掛札撒いて一反木綿が飛び回る。
一方では、吸血鬼の率いる西洋妖怪の一軍とぬらりひょん率いる東洋妖怪の一軍が、妖怪大決戦の様相を呈して大喧嘩。
猫娘とサキュバスのキャットファイト、人魚とマーマンの槍試合、ケルベロスと送り狼は間合いを計ってぐるぐる回り、真中に立ったすねこすりが眼を回してぱたりと倒れる。
合戦を彩るのは大狸の親分率いる楽団の幾重にも轟く腹鼓。巨大な非毛氈に艶っぽく座し、狐の尻尾持つ美女が琴掻き鳴らす。布裂く歌声響かせるはマンドラゴラ。
「今日は随分と賑やかですねぇ」
「祭や。昔は西と東で縄張り争いしてたらしいけど、今はただの喧嘩祭やな」
救護所はあっち、と翁面の男は手にした背丈ほどの棒の先で紅い旗を掲げた巨石を示す。天幕が張られたそこには、長い黒髪を三つ編みにした四つん這いの女や、おかっぱの頭に鉢巻、巫女姿に襷を掛けた少女や、尻尾が二股に分かれた三毛猫が、揃いの割烹着姿で怪我人の介抱に勤しんでいる。
「あいつ、今まではこういう賑やかなとこは厭うとったんにな。……前にあんたらの世界迷い込んだせいやろか」
「あいつ?」
「神木の巫女。あんたらにはカンナ、て名乗っとったな」
飲食はあっち、と示す救護所の隣には、河童たちが立ち働く野天居酒屋や小豆とぎ親子の出張和菓子屋が開かれている。一つ目の老人が周りに酒瓶と饅頭並べて鯨飲すれば、河童と小豆とぎの子がやんやの喝采。
「帰りたいんやったら後ろの縄潜ったらええ。一歩外に出たら自分家や」
翁面の男は手にした背丈ほどの棒で和尚の背後を示す。肩越しに見やれば、先だって自身が潜ってきたと思しき荒縄が頭上高くの空を横切っている。
縄の向こうは、まるで硝子で区切られたかのように白霧がたゆたっている。
「わしも帰りたいわ、ほんま」
棒の端でごりごりと頭を掻き、翁面の男は不満げな溜息を吐く。
「面の方はお仕事ですか?」
「見てみ」
棒の先をもたげ、男は丘陵の一部を示す。
夕焼け空よりも真っ赤な炎を撒き散らし、輪入道が奔る。不知火が青白い無数の炎に分裂する。狐火が一列縦隊組んで行進する。
めらめらごうごう、緑の草地が見る間に燃え上がり始める。
烏天狗が黒煙巻いて踊り、炎の剣と鞭持つ精霊が高笑いする。
「おどれら、やりすぎじゃあ!」
普段のやる気も覇気もない風情を一変させ、翁面の男が草原に火をつけて遊ぶ面々を喝破するも、頭に血が登ったナニカたちは聞く耳を持たない。返ってくるのは狂乱する妖たちの馬鹿笑いばかり。
「あかんか、行かなあかんかー……」
棒に縋ってしゃがみこみ、男は呻く。
「ああいうんを止めるんが今日のわしのお勤めや。せやけど、……嫌やもう、あいつら止めに入ったわしまでぼこぼこにしよるんやもん」
めそめそ嘆きつつ、男はのっそりと立ち上がった。溜息に肩を落としてから、呵呵大笑する翁面の顔で智照和尚を振り返る。
「まあ、色々とやかましけど、あれやったら遊んで行き。たまにははめはずして喚いて暴れるんも大事やろ」
屈伸した後に駆け出して、ふと振り返る。
「わし、何もかも終わったら酒飲むねん」
言い残して戦場に飛び込んでいく翁面の男を見送り、智照は騒乱の草原を見晴るかす。おっとりと、笑む。
「どうしましょうねぇ」
こんにちは。阿瀬 春と申します。
今回は、黄昏空の下の奇妙な世界のお祭りにご案内、なガイドをお届けにあがりました。
こちらの世界のお話はいくつか出させて頂いておりますが、今回はみんなでぱーっと墓場(ではありませんが)で運動会! なお話です。記憶のやり取りはありません。以前の話を一読していただく必要もありません。どうぞお気軽にご参加ください。
ガイドには齋藤 智照さんにご登場いただきました。ありがとうございます!
もしもご参加頂けますときは、ガイドに関わらず、どうぞご自由にアクションをお書きください。
遊び方は色々ありますが、アクションはできればひとつかふたつに絞って頂けますと描写を濃くできると思います。
いくつか場所を記しておきます。
1■拳闘場
有象無象のナニカたちのつくる輪の中で一対一、素手での喧嘩が行われています。どちらが勝つかの賭けも行われているようです。
賭けに参加するもよし、ナニカを指名して対戦するもよし、です。ただし、ろっこんを使用するとナニカたちにブーイングをくらいます。
儲けたお金は食事処でのみ使えます。
2■妖怪大決戦
西洋妖怪と東洋妖怪がわやわやと合戦ごっこをしています。ろっこんはがんがんいこうぜ、な感じでオッケーです。
油断すると怪我します。重傷の場合は救護所送りにされます。
3■救護所と食事処
祭りをまったり眺めるならここです。
でも油断していると救護所の女妖たちに手伝いを請われます。
あと下手すると喧嘩の巻き添えを食ったりするかもしれません。
4■大狸楽団
和洋折衷な楽団が丘陵の一角で演奏会を開いています。
妖に混ざって楽器演奏や歌唱披露、とかも楽しいかもしれません。
大狸の親分が睨みを利かせているので、ここに戦火は届きません。ちょっかいかけてくるナニカはいるかもしれませんが。
5■その他
四方を縄で区切られただだっ広い丘陵のあちこちで、色んなナニカがそれぞれに結構荒っぽい方法で遊んでいます。火焔使う妖怪たちの火の輪くぐりとか。酒呑童子とヤマタノオロチの飲酒合戦とか。
はぐれたナニカとかもいるかもしれません。
ご参加、お待ちしております。