【お三夜】秋の夜の訪問者たち｜リアクション

【お三夜】秋の夜の訪問者たち

　草叢分けて出て来た金の髪の少女は、けれど首傾げる壬生由貴奈に目もくれず、どこか上の空な表情を僅かも崩さぬまま歩き慣れた道を行くように月光揺れる山道を下りて行った。
　月影の夜道に幽霊のように現れた少女に、由貴奈は十八にしては幼く見られがちな垂れ目の童顔を眠たげに瞬かせる。

　月に照らされて逆に暗く見える九夜山の森を、妙なかたちした鳥が飛んで行ったように見えたのは気のせいだろうか。それとも、
（あっちの世界の人かねぇ）
　動じぬ瞳で人気の少ない山道を見渡す。ねこったーに書き込まれていた奇妙な文章から、以前に二回ほど迷い込んだ世界の人たちがこちら側の世界に来てしまっているのだと悟ったのはつい先ほどのこと。
（……人じゃないけど）
　仄かな月明かりに照らされる暗い山道を眺める。お祭り真っ最中の寝子島神社側の山道はいざ知らず、落神神社に至る山道を登る人間は今日は流石にほとんど居ない。
（お祭り真っ只中の街に紛れ込んじゃったら大騒ぎになっちゃうねぇ）
　買い物ついでに探してみるのもいいかなぁ、と星ヶ丘のマンションを出て、近所の店で少し買い物をして。レジ袋片手にふらふら、気付けば落神神社に続くほぼ真っ暗闇な道を歩いていた。
「……ん？」
　山を挟んだ寝子島神社の方の空からお祭りの賑やかな気配が遠く届いて繰るとはいえ、いかにも物寂しい山道に全く怯えもせず、由貴奈は暗がりに目を凝らす。
　小さな人影が落神神社入り口の壊れかけた鳥居の前に立ち尽くしている。と思えば、ひょいと踵を返し、草生した神社の境内に入り込む。
　誘われるように神社を覗き込む。
（人……じゃない、）
　ぐるりを森に挟まれた荒れた神社を、怪しい影がうろついている。
（鬼……？）　
　己の半分ほどの背丈の影の頭に小さな角を見て、少女は欠片の迷いもなく足を早めた。
「ねえねえ、」
　知り合いに声かけるように気軽な声を掛けられて、角持つ影がぎくりと身を固める。
「なんでこんな人気のないところに居るのぉ？」
　きゃっと小さく叫んで、角持つ影は半ば崩れた石燈篭の影に身を隠した。小さな子どもの仕草で、恐る恐る、顔半分を燈篭の影から覗かせる。影からの返事を待ってか待たずか、のんびりのほほん、月光降る境内に、あんまり我関せずな顔で佇む少女をしばらく見つめる。
「……火、ともってない。かなしい」
　小さな子どもの声で、小さな鬼は少女に答えた。
　涙目で崩れかけの石燈篭を見上げる小さな鬼を見つめ、
（……もしかして）
　由貴奈はいつだったかにネットの海で見かけた妖怪知識を引きずり出す。
（古籠火かな？）
　ネット画像に見た古籠火は鬼火に似た姿をしていたが、目の前にいる妖怪はどう見ても小さな鬼。
「まぁ、この道は人通りが少ないし」
　参道と思しき雑草に埋れた石畳の左右に設けられた石燈篭はあまりに使われず苔すら生えている。
（そういえばこの山道）
　時折通ることのある山道を思い起こせば、石灯籠の並ぶ箇所があった。いくつもいくつも並ぶ、火が燈されなくなって久しい石灯籠。
　灯籠の付喪神ともされる古籠火にしてみれば、確かに悲しいだろう。もしかすると、古い友人の抜け殻を見るような思いなのかもしれない。
「かなしい」
「じゃあ、今日はこの道の灯籠に火を灯してあげよっか？」
　俯く小鬼の傍ら、由貴奈はしゃがみこむ。
「ほんと？」
「ほんと」
　笑う小鬼に頷き返し、普段から身に着けているベルトポーチからメタルマッチを取り出す。
（あとは燃えるものが欲しいねぇ）
　胸に呟いて、さっき食用油を買ったことを思い出した。灯籠の火袋に残っていた火皿に油を注ぎ、適当に見繕った枯葉を差し込む。
　火打石にも似た仕組みのメタルマッチを擦り、灯篭に火を入れれば、わくわくと見守っていた小鬼は歓声あげて跳ね回った。
「うん、灯してみるといいもんだねぇ」
　山道に並ぶ灯篭に次々と火を入れる由貴奈に道案内をされるように、小鬼は飛び跳ねながら後に続く。
「あっちの世界には三夜湖から帰れるから、あんまり人に見られないように帰るんだよぉ」
　この道を登ればいいよ、と示す由貴奈に、小鬼ははーいと返事した。灯籠の火に照らし出された山道を嬉しげに駆けて行く小鬼の背を見送り、由貴奈は灯籠と月の光の道の真中、眼下の街を振り返る。
　祭りのおかげか、澄んだ秋の空気に街の灯がひどく綺麗に見えた。
（人間は、灯りの下にいなきゃあ……）
　そうでなければ、きっと簡単に暗闇に迷ってしまう。

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