隣接する道場「仙狸館」の稽古場。
過去には門下生で賑わっていたこともあったが、今は昔
現在の利用者はほぼ一人。
一応申請次第で開放されてはいるがその事実を知る者は少ない。
(はあ と緩やかに息を吐き出し呼吸を整えると、受けに使われた後頭部を労う様に撫でる)
……いや……今のは、結構効いた
威力は……殺し切ったつもりだったんだがな……。
瘤にならなければいいが……。
……「合気」か。
(少し考え込み)
どうだろうな……咄嗟だったもんで……自分でも何をしたのか良く分からん。
似たようなことをしたのかもしれんし……してないのかもしれん。
(新しい発見を噛み締めるように左右の足で床を踏みつける)
……やはり、相手の居る稽古は良いな。
――!!
(繰り出した蹴り足に伝わる確かな命中の感触。その感触に驚愕する。
幾人もの頸部を粉砕してきたからこそ分かる「獲れず」の手応え。
先刻大樹のようだと感じた相手は、正しく大地に根付く樹木そのものの強靭さしなやかさを備えていて――)
――…っぐゥ!?
(次いで、強かな衝撃。辛うじて受け身はとったものの視界が明滅する。
飛びそうになる意識を繋ぎ止め、追撃を避けるべく床を転がって距離を取りつつ起き上がり、構える)
……見事。完全に合せられちまった。今のは合気か?
……?
(投げは成った。しかし、その手応えに覚えた微妙な違和。手応えの「軽さ」)
……ーーッ
(後方から鋭く風を切る音が迫る。それに気付いた時、投げと同時に繰り出されたであろう蹴りは既に目の前に迫っていた。もはや「躱す」ことは難しい。)
……ふッ!
(其れならば、と言わんばかりに呼と息を一気に吐き出す。「躱せない」のなら「撃ち落とす」。倒れるとしても前のめりに。幸い己の脚は確と地に着いている。地に根を張り後頭部での受けを敢行する。)
あツっ。
(ピリっとして頬をひたっと押さえた。
胴着の擦れ。静かながら覇気に満ちた息遣い。踏み足が起こす、かすかの揺れ。
全部が、見てもいない一挙手一投足を。「稽古」を。肌に伝えるから)
…だからオトコはキライなんよ。
(コーラのボトルとポテチ袋(どっちも空っぽ)をかたづけて、
あんパンとパック牛乳を乱暴に引っぱり出す。
憮然というかふてくされた顔で。あぐらをかいて。またモリモリ食べ始める…)
(拳を放った次の瞬間、直感が警報を鳴らした。……外される。
惚れ惚れする程に鮮やかな入り身。
先制にして必殺の心算で繰り出した一撃はしかし、虚しく空を切ったのみ。
同時に襲い来る悪寒。まずい。回避した時点で既に相手の反撃は完成している。躱せない)
――ひゅッ!!
(故に、逆らわない。全身で脱力し投げの動作に身を任せる。
そうして浮かされるまさにその時。ダンッ! と右足で床を踏み鳴らし、呼応して弾ける様に左脚が奔る。
痛打を受けるは必至、されど引き換えに意識を刈り取らんと「投げられながら」左足刀にて延髄を狙う)
……
(集中の彼方、凝縮された時間の中で己の急所に的確に撃ち込まれようとする拳を眺める。
その特一級の疾さ、強さ、正確さ。感動すら覚える。
長い時間を独り鍛錬で過ごしてきた自分にとって、同世代の武術家ーーそれも自分と同じ位長い時間を武に注いできた者に出逢えたことは格別の喜びがあった。頬が綻ぶ。
自分にいくらかの矛盾を感じつつも、今はどうでもいい と歓喜に、熱気に、身を委ねる。)
ーー……ッ
(歩みは止めず、ただ前へ。等速かつ神速の入り身で相手の死角に入らんとする。狙うは顎。
回避と投げ一動作、受即攻の術理で以って迎え撃つ)
あ、気にしてた? ゴメンねマジで。
流石に四十路は言いすぎたかも。でも高校生には見えない。
(至って平然と滑り出す軽口。しかし構えは依然油断無く)
ああ、アンタ相手に「喧嘩」じゃあ勿体無い。
今日は端ッから空手屋として当らせて貰う。
(言いながら、遠くを見るような半眼で相手を見据えて。
改めて「巨きい」と思う。優に2mを超える巨躯の存在感たるや、数世紀を重ねた大樹の如くか。
さりとて鈍重さは微塵も感じさせない立ち振舞いが相手の力量を如実に物語る。
明確な強者との相対。楽しい。愉しい。自然、口の端が吊り上る)
いくぜェ、空手――
(縮まる彼我の距離。間合いまで三歩、二歩、一……)
――ゼァッッ!!
(間合いが交差する刹那、その半歩手前。
猫足からの跳び込む様な運足で放つ、間合いの外から無理矢理「届かせる」一撃。
狙うは左胸部、雁下。変則的な挙動とは裏腹の馬鹿正直な一本拳)
(またズタ袋に手を突っ込む。ガサもそ取り出したのはポテチ)
はン。2人とも嬉しそーにしやがって(乱暴に開封)
(コーラをぐいっと煽り、ウッとしかめっツラ。
涙目でポテチを1枚くわえ、つまんだまま静止。
異なるリズムの、規則正しく軋む2つの音に、意識を向ける)
――3歩(パリっ)
四十路……そこまで老けて見えるのだろうか俺は……
(微妙に悲しそうな表情を浮かべ)
……まぁいいか
「喧嘩」なら……丁重にお断りさせて頂くが……
「稽古」の申し出とあらば……断る理由は無いさ。
(先刻とは一転唇の端に笑みを浮かべて立ち上がり、真っ直ぐ歩み寄るその表情からははっきりと喜びの色が伺える。)
ふむ。やはりご長男でありましたか……って、え? 孫?
ああそういやこないだ施療院の方でンな事言ってた気が……
(再び雰囲気ががくっと崩れ、ぱちくりと相手を見返し)
……えーっ! じゃあ何お前高校生なの!? そのナリで!?
てっきり四十路は越えてるモンだと思って堅苦しく対応したのに! うわ超恥っずい!
穴があったら埋まりたい気分だぜ!!
(などと失礼極まりない文言を述べながら片手で顔を覆って天を仰ぐ)
……。
(しばし後、落ち着いたのか深く息を吐きながら向き直り)
……いや。まあいいや。
同年代だってんならむしろやりやすい。
幸いにして其方様もやる気みてェだし――道場に武術家ふたり。止める理由は、無い。
(三度、態度の急変。瞳は獰猛な闘志を湛えて相手を見据える。
しかし身体は緩やかな動作で。右半身。両手は腰の高さで水平に。すり足でじりじりと距離を詰める)
……………………?(そろーりと窓から中の様子を覗いて)
うあー…おっ始まっし(げんなり)
(外壁に背中もたれてズルズル。地べたに尻をつけて。溜め息)
…ったく。
ンなやりとりされたら口出せねーじゃん外野。
(不愉快そうにズタ袋からコーラを取り出してちびちび飲みつつ。
観戦するつもりはない。でも邪魔立てする気もなく。
座り込んだまま。耳をすませて。ただ、そのときを待つ…)
(一瞬態度の変化に呆気に取られるが、直ぐに気を引き締める)
……如何にも、伊織紘之助は俺の祖父であり、師です。
稽古……と言いましたか
……修練を積んできた……という自負はありますが
恥ずかしながら……未だ道半ばにも、先達の背も追い切れぬといった有様。
祖父から、貴方も相当な武人と聞き及んでいます。
此方こそ……是非とも御教授頂きたく。
(間合いに注意を払いつつ、正面に坐し一礼する)
ああいや、此方こそ会うなりすみませんね。
自分は空手道、鳴神楓と申します。
道場が開いているようだったので、不躾ながら稽古をつけて貰いたく上がり込んだ次第。
(押忍、と居住いを正して一礼し)
門下と言われましたが、どうやら相当な修練を積まれているご様子。
察するにそちら様は伊織翁の嫡子とお見受けするが、如何か。
(入ってきた態度とは打って変わり丁寧につらつらと述べる)
む……誰か知らんが……驚かせて済まない
(微妙に申し訳無さそうな表情を浮かべて)
門下は俺一人だが……何か用か?
たーのーもーォ!
(やっぱり道場破りみたいな挨拶で入ってくる)
やあやあ誰ぞ門下生は居るか――ってうおっデカッ!?
…………。
(黙々と床の雑巾掛けをしている)