Search for lost books｜リアクション

Search for lost books

　南校舎１階、空き教室。
　机や椅子は端に寄せられて、中央に大きなスペースが作られている。
　そこでは金髪に髪を染めた生徒、八十八旗信彦がこつこつと本を並べていた。
　教科書やノート、辞書。これらは信彦の私物の本たち。版形の大きい美術書やグラフ雑誌、果ては版形の決まっていない古書などは信彦が図書室から借りたままにしている本である。
　それらをバランスよく立てて、時には文庫本などで補助をしながら少しずつだが彼は繊細な作業を進めていく。
　彼が何をしているのかといえば、本によるドミノ倒しを準備しているのである。
　「ここは赤い本がいいかな？」
　完成予想図の書かれたメモ帳を片手に彼は１冊ずつ本を並べていく。
　「……ん、ひこにゃんじゃないですか。何をしているんですかー？」
　わずかに開いたドアの隙間から彼の姿が見えたのか、扉越しに声が飛んでくる。
　「その声はキノコか。ドミノだぜ、ド・ミ・ノ。あ、本持ってたら貸してくれね？　できれば図書室の本がいい」
　と、信彦は返事をする。キノコと呼ばれたのは屋敷野梢、生物部の部長である。
　「へー、そんな事するんですねー。あ、本はダメですよー。真面目な私はこれから昆虫の論文集を期限通りに返しに行くんですからー」
　ひょこっとドアから顔を覗かせて梢は手に持った単色刷りの冊子を掲げる。
　「ちぇー。じゃあ後で手伝いに来てくれよ」
　梢のほうを少しだけ見やってから信彦は作業を再開する。
　「手伝いはしませんが、見に行ってあげましょー。見るだけですからねー、手伝いませんからねー？」
　と、梢は宣言してから図書室へと向かった。

　「図書返却きゃんぺえんとな？」
　と、図書室に本を探しにきた小柄な男子生徒……に見える女子生徒、大田原いいなが呟く。
　図書室内は盛況で人の出入りも多く、混雑しているようだった。
　「どうしたものか」
　本を探すにせよ、読むにせよ、借りるにせよ時間がかかりそうな状況である。入口近くでいいなが立ち往生していると。
　
　どん。

　と、軽い衝撃、彼女は誰かにぶつかられ、よろめく。そして、ばさばさと紙類が散らばる音。
　「ぬう」
　「おう、すまねぇ」
　彼女が見上げるとそこには『図書委員手伝い』の名札をつけた屍骸がいた。名札は猫のマークの入ったプレートで骸の風貌とはどこかミスマッチな可愛らしさが漂っている。彼は床に散らばったコピー用紙を気にせずにいいなを心配しているようだ。
　「だ、大丈夫じゃ。貴様はそれを拾わなくてよいのかの」
　男性との一対一の会話が苦手ないいなは話題を逸らしつつ、紙を指差す。
　そこには大量の名前が並んでいた。その多くがいいなにとって見知らぬ名前だったのだが……。

　「んげ！」
　変な声を上げて、いいなはコピー用紙の１枚を素早く拾い上げる。
　そこにはいいなのよく知った名前があった。宇佐見満月、いいなの叔母の名前である。その横には、未返却図書『恋人と呼べるまで』他三冊と注釈が入っている。
　「これは何か！」
　と、いいな。
　「これは未返却者リストのコピーだぜ？　あんたが見てるのは未返却のまま卒業した生徒の名前の一部。知り合いでもいたのか？」
　彼女の様子から何となく察した骸は訊ねる。
　「叔母上の名前があったのじゃ！　これだけは儂が回収してくる、この紙、借りても良いか！」
　身内の恥だと言わんばかりの強い口調でいいなは骸に訴える。
　「おう、先生に伝えとくぜ」
　と言う骸の声を聞くやいなや、早足でいいなは叔母の元へと向かった。
　「あー、あれ一応許可いるんだっけか。ま、大丈夫だろ」
　いいなの背中を見つめながら骸はそんなことを呟くのだった。