Search for lost books｜リアクション

Search for lost books

　図書室前の廊下。
　西陽が差し込む部分を避けながら、不健康そうな男子がうろうろとしながら悩んでいる。
　血色の悪い肌に深い隈。そんな彼が苦悩する姿は不気味に違いなかった。
　「腐れやべぇ」
　それが口癖の彼の名前は屍骸。返却していない本がある生徒の１人である。
　「まじでやべぇ。ど腐れやべぇ。どーしよ」
　彼が悩むのには理由があった。借りていた本を知り合いにまた貸ししてしまったのだ。
　そして貸してしまった本を回収に行ったはよいが、回収に踏み切れない理由が彼にはできてしまった。
　それが今現在の彼の状況である。
　「悩んでも仕方がねぇ、先生に直談判だぜ」
　うろうろし続けた結果、彼の周りには近づきがたい雰囲気ができていたのだがそんな視線も気にせずに、彼は図書室へと入る。

　時刻は午後７時前。西陽は地平へと沈み、窓の外にはトワイライトが広がる寝子島。図書室内は柔らかな乳白色の明かりに包まれていた。
　「眩しいぜ」
　そう言いながら入室した骸は真っ直ぐに貸出カウンターへと向かう。
　そこには司書教諭である早川珪と、１年４組の図書委員である恵御納夏朝がいた。
　猫型のパペットを使いながら夏朝は珪と何かを話しているようだった。
　「じゃあ、このあたりからこのあたりをお願いしようかな。コピーしたリストは持って行っていいからね」
　珪はリストの一部を指でなぞりながら夏朝に指示をする。
　「にゃん。うにゃー！」
　パペットは表情豊かに形を変えながら頷く。それに合わせて夏朝も頷いた。
　「僕も、頑張る」
　彼女は左腕のパペットを取り外して、学校指定のジャケットを羽織る。胸元のポケットにパペットを入れるとまるで猫がそこから顔を出しているようだった。
　「今日は午後８時まで。桜花寮の門限が午後９時までだからね。あと今日回収した本は明日でいいから。何かあったら僕もしくは学校に連絡すること。くれぐれも気をつけて」
　注意事項を告げる珪の姿は心配性なお兄さんのような雰囲気に見えなくもなかった。
　童顔の夏朝の姿と対比すれば、それはロリコンに属するソレのようにも取られなくもないが……。
　「これで良し……それじゃ、行って来ます」
　そう言うと骸の横を抜けて夏朝は図書室から出て行った。

　その一連のやり取りが終わるのを待ってから骸は珪へと話しかける。
　「よう、先生」
　覚悟を決めたように骸は珪へと向き直る。
　「何かな？」
　と、珪。
　「借りてた本。返せない理由が出来たんだ、すまねぇ。俺に出来る事ぁ何でもするから、あの本譲ってもらえないだろうか」
　単刀直入に堂々と話を切り出し、そして頭を深々と下げる骸。
　「失くしたわけではなくて、返せないんだね。ふむ、困ったなぁ」
　珪は骸から視線を外して考え込む。そんな様子を見て骸は説明を始める。
　「実は……『揺蕩うエフェメラ』また貸ししちまってよ。その……貸してた相手が著者の娘さんだったんだよ。嘘みたいだろ？　マジなんだぜ」
　「ふむ」
　骸へ視線を戻しまっすぐ見つめる珪。
　「著者である父親は焼身自殺。遺品は全てが火に包まれた。で、唯一の繋がりがあの本だけみたいなんだ」
　臆すことなく骸は話す。
　「確か……あの本は絶版だったね」
　未返却リストを開いて珪は答える。リストには様々な注釈が彼によって追加されていた。
　「ああ。相手さんは本を返すって言ってるんだけどよ、そんな話を聞いたら俺は、できねぇ。できねぇよ」
　大きく頭を振る骸。
　「だが、ルールはルールだ」
　そう言いながら、彼は小さな用紙を取り出す。
　「そりゃなんだ？」
　骸が首を傾げる。
　「ここは交換条件といこうか。君の覚悟を対価にしてね」