適度にシリアスブレイクをしたところで、志波は紙の上の【情報】の文字の下に黒依の名前を書き込む。
　同時進行で【名無】への登録を七緒は促した。
　登録したのは以下の22名（五十音順、敬称略）。

　浅山 小淋
　戌井 創
　犬神 花梨
　恵御納 夏朝
　尾鎌 蛇那伊
　小山内 海
　如月 庚
　吉祥寺 黒子
　桜庭 円
　志波 武道
　十文字 若菜
　鈴野 海斗
　月居 歩
　常闇 月
　七緒 璃音
　楢木 春彦
　花風 冴来
　日暮 ねむる
　三ヶ島 葵
　八神 修
　屋敷野 梢
　李 小麗

　菜々緒は登録を辞退した。
　故に戸惑う者もいた。
「私、新参者なのに、登録していいの……？」
　花風 冴来だ。
　彼女は事件関係者ではないが、前回の誘拐事件の顛末を日暮、そして目をかけている後輩の北原 みゆきから聞いていた。
　冴来にとって大切な人たちが深い傷を負った事件であり、相当なショックを受けた。
　そして今日、その事件の首謀者が寝子島にやってくると日暮から聞かされたとき、自分も連れて行ってほしいと願い出たのだ。
　しかし、冴来は普段から情緒不安定な部分があり、奇抜な行動も目立つ。
　多少なりとて、それは自覚している節もある。
　メルマガ登録の話が出たとき、断られるとばかり思っていた。
　だが、アリーセは優しく微笑み返した。
「花風さんなら大丈夫だと思いました」
「どうして……？」
「花風さんがここに来たとき、真っ先に言った言葉で、信頼できると思いましたから」
　冴来は気恥ずかしそうに日暮の背中に隠れてしまった。
「確かに言ったけど……その……」
　冴来は自分の考えは異端だと確信していた。
　なぜならば、冴来はアリーセと顔を突き合わせたとき、開口一番に告げたのだ。

「私の望みは敵対ではなく、和解なの……」
「少なくとも、和解を望む人が私たちを妨害するとは、思えませんから」
「ウチもアリーセと同意見。紹介してくれた日暮もイイ奴だし？」
　七緒はスマホをいじりながら追従した。
「あ、話は聞いてるから。少しでも何か情報がないか調べてるだけー」
　限られた時間の中、七緒はSNSなどで情報をかき集めていた。
「あー、ホラ。情報班の役立たずの方のおりおん（ハンドルネーム）も頑張ってるアピールしないとね？　ま、いつもの通り、情報はきちんとさばくから“ごあんしん”ですよっと」
　そう呟きながら画面をフリックしまくっていた。
「ありがとう、アリーセ、璃音……」
「ほらね？　みんな分かってくれたでしょ？」
　日暮が冴来に告げると、彼女は一同に軽く微笑みながら頭を下げた。
「そうそう、実はあと２人ほど助っ人を頼もうって思ってるんだ。僕の友人なんだけど」
　日暮の提案に、メンバーの顔が曇る。
「あ、心配しないで。２人とももれいびで、フツウを守ることにすごい意欲的な態度だから！」
「ちなみに誰なんですかー、その人ー？」
　同席していた屋敷野 梢が怪訝そうに尋ねた。
「灯 斗南君とサキリ・デイジーカッター君なんだけど……」
　日暮の上げた両者に、一同の反応は様々だ。
「斗南はいい子よ？」
　端的に冴来は擁護した。
　……夜中に何かを行っているのを勘付いているが、この場で言うのは彼の立場を危うくするので黙っていた。
「おー斗南くんかー！」
　灯の名に、志波は破顔した。
「前に神魂事件でスッゴク助けられたんだ。斗南君が協力してくれるならチョー心強い！」
「ブドー先輩のお墨付きなら大丈夫、かなー？」
　三ヶ島 葵がニヤニヤしながら周囲を伺う。
　異論はなし、のようだ。
「でもー、サキリくんって誰なのかなー？」
「三ヶ島の言う通りだ……」
　如月 庚が静かな口調で意を唱えた。
「春からの一連の事件で……そいつの名前は一度も聞いたことはねえぜ……？」
「別に部外者を蹴り出すつもりはないですし、日暮君の好意を無下にするつもりじゃないですがー、ちょっと判断材料が少なすぎますよねー？」
　屋敷野 梢も首を傾げていた。
　これに日暮は慌てて説明する。
「サキリ君はもれいびになりたてで、今まで事件と何ら関わりがなかった。けど、彼の“フツウを守ろう”って意欲に僕は心打たれたんだ。だから、サキリ君には既に事件のいきさつを全部話してある」
「ねむる、そいつ大丈夫なのかぁ？」
　日暮の武術の師匠、犬神 花梨（職業：保育士）が思わず噛み付いた。
「確かによォ、人手が多い方が助かる。けどな？　ちょっと気が早いんじゃね？」
「犬神さん、実際にサキリ君に会ってもらえれば分かるよ」
「だったら！　そいつ連れて来いよ？　なんでいねぇんだよ？」
　犬神の苛立ちは徐々に高まる。
「顔も見えない奴を信用できねぇぜ！？」



「すまない、遅れた」



　犬神の背後から、突如、白銀赤眼の少年が現れた！
「うおぉっ！？　て、てめえ、どこから入ってきた！？」
　犬神が椅子から飛び退き、怒鳴り散らす。
　他の面子も椅子から腰を浮かして目を見張った。
『図書館ではお静かに！！』
　慌てて浅山が膨れっ面でスケッチブックに注意を書き込んで、こちらへ掲げていた。
　職務に真面目に取り組む浅山は、アルバイトの鑑である。
　犬神はバツが悪そうに彼女へ頭を下げたあと、周囲に問うた。
「……誰か、こいつが近寄ってきたところ、見たか？」
　だが、その場にいる全員が首を横に振った。
　犬神はゴクリ、と生唾を飲んだ。
「ゆ、ゆうれい……か……！？」
「そんなわけないでしょ、犬神さん……」
　ひぐらしは呆れながらサキリと握手を交わした。
「紹介するよ、サキリ・デイジーカッター君だよ。サプライズで僕がここに呼んだんだ」
「サキリだ。特技は刃物の取り扱いだ。よろしく」
　サキリはおもむろに衣服の内側からナイフを取り出した。
　そして彼は何かを念じると、その姿が一瞬にしてかき消された！
「……消えた？　まさか、彼はニンジャですか？」
「いや、もれいびだ」
　常闇 月の驚く声に、冷静に分析した八神 修がそう告げた。
「なるほど、瞬間移動か」
　動じない八神の後ろに立っていたサキリに視線が集まった。
　ちなみに、犬神と八神は机を介して真正面同士。
　サキリは一瞬にして机１つをまたいで移動してみせた。
「つい先日のことだ。僕が刃物を持ったまま『斬る』と念じた瞬間、周囲の風景に斬光が走り僕の体は空間を跳躍した。僕がもれいびとなった瞬間だ」
　サキリの言葉に、皆が耳を澄ます。
「僕は自身の忌まわしい過去と決別し、フツウの人間となる為にこの島へ来た。けど、偶然日暮からセブン事件のいきさつを聞く機会を得た。その時思った。フツウを守る為にはフツウでいられない。……皮肉な話だ、と」
　クールな口調だが、決して突き放すような口ぶりではない。
　どこか、相手をいたわる優しさを感じさせる語り口調である。
「でも僕は知っている。この素晴らしいフツウの対価が決して安くない事を。僕は甘んじてフツウを享受するだけの人間にはなりたくない。僕は手にした刃をもう鮮血で濡らさずに戦える力を与えられた、そう考えている。それを皆の為に役立てたい」
　サキリの真摯な訴えに、一同は大きく頷いた。
「……疑って悪かったな、サキリ」
　犬神は頭を掻きながら非礼を詫びた。
「よろしくだっちゃ、サキリさん」
　鈴野 海斗も笑顔で歓迎の意思を表した。
　彼もまた、７月の歌劇事件を経験した者の１人だ。
「サキリ君のろっこん、すごいね！　もう１回やって！」
　十文字 若菜のリクエストに、サキリは素直に応じてみせた。
「わぁ、便利なろっこんだね！　あ、私、寝子高２年の十文字 若菜。よろしくね！」
「よろしく、十文字先輩。僕は１年だから後輩だ」
「あ、後輩だったんだ！？　すごい綺麗な人だから年上かなぁって……」
「綺麗……僕が？」
「うんうん！　だって中性的だし！　ちょっと色々仕込んでみたいよね……」
「遠慮しておこう」
「え、もしかして見抜かれてる！？」
　十文字の他愛のない会話は、今の会議の空気を和ませてくれた。