授業風景～倫理の時間の場合～｜リアクション

授業風景～倫理の時間の場合～

＜葉利沢倫理子の場合＞

　発表の前に『殺人の定義』を問うた葉利沢は、発表する受講者の中でも少し立ち位置が違っていた。
「私は先生に問いかけたように、『命を奪う行為に限定されない広義の殺人』を含めて論ずることにするわ」
　そこで葉利沢は半紙を広げて、そこに書かれた文字を披露した。

　【拒絶】

「人を殺してはならない理由。それは『存在の拒絶』を最悪の形で示す行為よ。殺人に限って言えば、その人の生命を奪う事で『お前はこの世界に必要ない』と宣告するばかりか、殺された後も二次的・三次的に拒絶する行為――具体的には事件に対する過熱報道や、そこから生ずる風評による遺族や死者への誹謗が連鎖して起こるのよ」
　彼女はまるで実体験をもとに話しているかのような迫力と共に発表を続ける。
「しかし殺人は“命を奪う”事に限定されない。“魂の殺人”と呼ばれる行為があるの。例えば……幼児虐待や性的暴行。それによって晒されるのは“命を奪う殺人”と同様の徹底的な【拒絶】。それによって破壊されるのは、世界における自身の拠って立つ所、人間関係……など様々だけれど、究極的には自分がこの世界から一方的に徹底的な【拒絶】の刻印を押された事を意味する」
　葉利沢の顔が、一瞬、怒りに染まった。
　さも、内包する感情を一気に表層へ押し上げるかのごとく。
「それは死を以て終焉する“命を奪う殺人”以上に残酷な……『生きながら殺される』事を意味するのよ」
　もはや発表ではなく、自身のトラウマの告白に近い内容を壇上から訴える葉利沢。
　最後に、彼女はこの言葉で締め括った。
「殺人……。それは命を奪う行為であれ、魂を奪う行為であれ、徹底的な【拒絶】を意味しているのよ」
　憮然とした態度のまま、葉利沢は席に戻った。
　中野先生は何かを悟ったようだが、それを決して口に出そうとはしなかった。
「私は……まだまだ未熟者ですね」
　葉利沢の発表を聞いて、肩を落とす中野先生であった。