授業風景～倫理の時間の場合～｜リアクション

授業風景～倫理の時間の場合～

＜花風冴来の場合＞
『人を殺してはならないと考える理由』
　→他人の全て、そして自身の心すらも否定する行為だから
『その理由を端的に表した言葉』
　→【否定】

　教壇に立った冴来は、一礼をした後に半紙を広げてみせた。
「先ず私は他者を否定する行為は悪しき行為だと考えています。皆、其々に別の人生を歩み、違った想いを内に宿している以上、この世に真の意味で正しい事など、１つもないのだから」
　冴来は断言する。
「殺人は他者を否定する手段の中で最も凶悪で暴力的な手段です。他者の過去、未来、内に宿した想い、その他者を大切に想う他者の心、エクセトラ……。殺人は他者の全てを暴力的に否定し、奪う行為です。そして、自身の他者を想いやる善の心すら暴力的に否定し、傷つける。故に殺人は犯してならないし、他者にそれを許してはならない。そう私は考えます」
　そしてひと呼吸をしたあと、冴来はシニカルに口元を歪めて吐き捨てるように言った。
「否定を悪と考える私が殺人を否定するなんて……矛盾しているわね」
　多くの受講者は、その意味を理解できない。
　冴来の罪は冴来の罰で償われなければならない。
　――その事は、彼女自身が一番よく理解していた。
　席に戻る冴来の後ろ姿に、中野先生は一言だけ投げ掛けた。
「抱えるだけが、罰ではありませんよ？」
　冴来は驚き、担任の顔を見遣った。
　彼女の見開いた青い目は、微笑む坊主姿の男性を捉えて離さない。
「先生、あとで、話を聞いてほしいのですが……？」
「はい、職員室でお待ちしていますね」
　中野先生はにこやかに頷いた。