授業風景～倫理の時間の場合～｜リアクション

授業風景～倫理の時間の場合～

＜七緒璃音＞
「あー、まだ書ききれてないんすよねぇー」
　まいったな、と頭を掻きながら壇上に立つ七緒。
「まー、先にこれを見てもらうわ、ほら」
　半紙には書きかけの文章が綴られていた。
【人が嫌がる事はしない。『理由』自分が嫌がる事は他人にしない。自分だけよければ良いなんていう考えは】
「……残念だけどタイムアップ」
　肩をすくめる七緒。
「まぁあくまで一般論すけどね。常識が通用しない相手にはこの考えも通用しないし。例えば死にたいと思ってるようなヤツにもこんなん無意味ですし」
　そう言った上で、七緒は自分の気持ちを吐露していく。
「人を殺しちゃいけない理由……なぁ。つか『自分が嫌な事は他人にしない』なんて、子供に教えるような内容だよなぁ。それが分かってないヤツがいるのが頭痛いとこだけど」
　発表というより、愚痴をこぼすように七緒は溜息を吐いた。
「……他人を不快な気持ちにさせてまで、優先してやらなきゃいけない事なんてあるのかねぇ？」
　ふと、彼女は自分の過去に起きた出来事を思い返す。
　自分を否定されて、承認要求をへし折られ、悲しみの中にいた時期。
　あれを七緒に強いてきた連中へ向けるかのように、七緒の語尾に毒が強くなっていく。
「まぁ、そういう時もあるのかもしんないけど。人には色んな事情があるし、だから気軽に『お前は間違ってる』って否定するのもなぁ……？　……でも、少なくともウチはそこまでして生きたくはねぇな。割と“どうでもいい”や」
　七緒は言葉を吐き出しながら、再認識をしていた。
（……ウチがここにいるのは、ただ死んでないから生きてるだけ。生きようが死のうが興味ない。だから、自分の命は“どうでもいい”。別に死にたがりじゃねぇし、自殺願望があるわけじゃねぇけど、生きてることが面倒臭いって思うことが多々あるんだよね）
　それはつまり、生に対する怠惰。
　生きる意欲に欠けている、ともいえよう。
「七緒さん……、人間は目的がないと道を失ってしまう生き物です」
　中野先生の唐突な説法に、七緒は面食らってしまう。
「事情はそれぞれあるでしょう。しかし、生きることに“どうでもいい”なんてことは決してないのですよ」
　温厚な中野先生の口調が、やや強くなっていた。
「七緒さん、私はあなたの発表を聞いて悲しくなりました。なんでもいいのです。簡単なことでもいいのです。何か、目標を持って、それに向かって行動してみてはどうでしょうか？」
　訴えかける中野先生に、七緒の眉尻が下がった。
「えっ、は？　なんで中野先生が悲しむんすか？　訳分からねぇし……」
　そのまま発表を中断し、席に戻ってしまう七緒。
　上手くごまかされた中野先生は、やりきれないといった表情を浮かべていた。
（……びっくりしたぁ。中野先生、侮れねぇ！　坊主やべぇよ……）
　自分の中身を見透かされた気分になり、内心焦る七緒。
（仏のパワーってやつ、半端ねぇな。……しかし、中野先生、あと10歳ほど老けてたらなぁ）
　心の乱れをオッサン萌えで繕う七緒であった。