そんな季節の変わり目に｜リアクション

そんな季節の変わり目に

　御剣刀と小山内海は寄り添って石段を上がる。刀は白いＴシャツの上に茶色のジャケットを着て青いジーパンを穿いていた。肩には黒い竹刀袋を引っ掛けている。
「小山内、寒くはないのか」
『ひがあたたかいから、だいじょうぶ』
　海はスケッチブックに書き込んだ文字を見せた。青いワンピースは半袖で白い腕が露わになっていた。そうか、と刀は安堵の笑みを返した。
　二人は赤い鳥居を潜って寝子島神社の境内に入った。石畳を真っ直ぐに歩いて広い場所に出た。
　毎日の鍛錬で身体が覚えているのか。流れるような動作で刀はストレッチを始めた。
『わたしは、ここからみえるふうけいをスケッチするね』
　スケッチブックを掲げた海は早々に題材を探し始めた。最初は社殿に目を留めた。指で四角い枠を作って片目を閉じる。色々と手を動かしたものの、気が乗らない様子で背を向けた。
　海は目にした石灯籠に向かって走る。全体を眺めたあと、サイドテールを左右に振りながら一周した。考えるように頭を傾けると浮かない顔で戻ってきた。
　小さな溜息を吐いて海は社殿の階段に腰を下ろす。急に表情が明るくなった。真剣な顔付きで木刀を振っていた刀が目を向ける。
『いいところ、みつけちゃった』
　スケッチブックが軽やかに動く。海の弾む心が見えるかのようだった。心なしか刀の表情が柔らかくなった。
　海はスケッチブックを開いて膝の上に立てた。画用紙の上を滑らかに鉛筆が走る。大雑把な輪郭の段階で手が止まった。横目を戻して顔を振り、風景に真摯な態度で向き合う。伸び伸びとした線は画用紙を縦横に行き交い、失速して力のない波線となった。青い双眸は刀の動きに引き寄せられた。
　刀は鋭い眼で木刀を高々と上げて振り下ろす。なぞるように引き上げて眼前の大気を切る。切っ先がぶれることはなかった。
『うごきがきれい』
　風景の線を無視して真摯な気持ちが上書きされた。気付いた海は急いで頁を捲る。新たな画用紙に向かうと画家の目で刀の動きを追った。
　刀は木刀の一閃の直後、後方に跳んだ。中空にいる状態で横に薙ぎ、着地と同時に斜め前に移動して凄まじい突きを連続で繰り出した。
　刀は仮想の敵と戦っていた。海の画用紙に個々の刀が残像のように描かれていく。
　クチュン、と場に相応しくない音がした。刀は動きを止めて海を見た。照れたような笑いで鼻先を擦っている。
　刀は木刀を石畳に置くと足早にやってきた。着ていたジャケットを脱ぐと無言で海に羽織らせた。
『うれしいけど、かたなくんはだいじょうぶなの？』
「俺は動いているから心配しなくていいよ」
　微笑む刀に海はこくりと頷いた。戻っていく逞しい背中を見ながら掛けられたジャケットを引き寄せる。袖の部分を胸の辺りで重ねた。背後から抱き締められるような姿に海の頬がほんのりと赤らむ。
『あたたかいよ、かたなくん』
　余白に想いを込めた文字を書き添えた。