そんな季節の変わり目に｜リアクション

そんな季節の変わり目に

　ぶかぶかの制服を着たロベルト・エメリヤノフは大きな窓の近くにイーゼルを置いた。背もたれの無い円形のイスに座る。パレットには各種の色が乗せられ、毛先を油壺で濡らした筆を構えた。キャンバスに向き合う姿で茶色い瞳が窓辺に流れた。
　木々が陽光に照らされている。緑の葉が多く、中の何枚かは赤茶けた色をしていた。
「まだ夏の気分だけど、どうかな」
　ロベルトが窓外を見ていると女性が割り込んできた。白いカーディガンを羽織っていた。背中の黒髪が艶やかに光る。後ろ姿は徐々に遠のいて、そのまま視界から消えると思われた。瞬間的に髪が乱れ、女性は顔を背けるようにして横顔を見せた。
　その表情は苦しそうでいて儚げで、白い頬に差した赤みが秋を思い起こさせる。
「……美術館で見た『紅葉狩り』に、どこか――」
　ロベルトは一点の絵を思い出していた。ぼんやりとした瞳に強い気力が宿る。
「そうだ、まずは僕の絵を描かないと」
　キャンバスに筆を走らせた。一本の道が描かれていく。両側には黄色く色付いた公孫樹が整然と並ぶ。秋を濃厚に感じさせる並木道であった。
　筆を洗って空を描いた。薄くて青い。どこか遠い天上の世界を描き出す。
「こんな感じかな。少し、物足りない？」
　ロベルトは二人の少年の後ろ姿を書き足した。短い黒髪で肩を並べて歩いている。
　イスから立った。ロベルトは少し離れて絵を凝視した。
「……綺麗な絵ではあるけど」
　目が窓に流れる。先程の女性はすでにいない。思い出すような目でロベルトは口にした。
「激しさが、足りない」
　イスに座り直すと空をくすんだ色に変えた。風だ、とロベルトは声を発した。公孫樹の葉がキャンバスの中で舞い散る。二人の少年の髪は乱れた。足元の葉は旋風に翻弄されて千切れ飛ぶ。
　再び、筆が止まる。ロベルトの目は二人の少年の手に注がれた。指が開いた状態で描かれていた。二人の手の甲は触れ合うくらいに近い。
「どれだけ強い風が吹いても、二人なら乗り越えられる」
　二人の手は道の色に塗り潰されて再生した。しっかりと握られた手は固い絆にも思えた。
　ロベルトは筆を置いた。イスを後ろに引いて完成した絵を眺める。最初に描かれた青い空は黒い雲に阻まれた。吹き荒れる風の中を二人の少年が手を握って歩く。舞い散る無数の公孫樹の葉が困難を表現した。
　向かう一本道の先は仄かに明るい。一部の空が割れて微かな光の筋が見える。
「んー……う…うん。たぶん、これが今の僕の実力だね。あの作品には、まだ及ばないけど」
　一旦、言葉を切った。表情に生気が満ちて何よりも目の輝きが強くなる。
「困難に立ち向かえば、いつかは光の差すところまでいける…かも」
　自身の言葉に何度も頷いた。表情は明るくなり、窓の外の光景に目を細めた。勢いよく立ち上がると、早速、外行きの服に着替えた。
「秋の気分に浸って、散歩するのもいいかも」
　ロベルトは大股で歩いてドアノブを掴んだ。
「美少年との素晴らしい出会いを期待しよう」
　満面の笑みで部屋を後にした。

　完成した絵は部屋に残された。嵐にも似た中を二人の少年が手を繋いで歩いてゆく。一人の髪の色は情熱的な赤い色へと変えられた。
　ロベルトの決意が滲む作品となった。