そんな季節の変わり目に｜リアクション

そんな季節の変わり目に

　朝鳥さゆるはグレーのフレアワンピースを着用。目に付いた白いコートを引っ掴んで上から羽織ると、足早に玄関へと向かう。
　パンプスには目もくれず、新しく出した白いロングブーツに履き替えた。
　秋物の装いに身を包んださゆるは玄関に立ち、ふと後ろを振り返った。明かりが消えた部屋は大きな洞窟のようだった。とても寒々しい印象を植え付ける。
　さゆるは少し身を震わせて外に出た。
　星ヶ丘寮を早々に離れて星ヶ丘駅に入った。券売機の前で指先が少し迷う。
「……どこでもいいのよ」
　さゆるは一番、遠い駅を選んで押した。
　ホームに停車していた電車に乗り込むと意外なことに座席は空いていた。年配者の姿が目立つ。さゆるは山が見えるドアの横に立った。
　間もなく電車は発車の時刻を迎えた。ドアが閉まり、ゆっくりと動き出す。
　さゆるは九夜山の全体を眺めた。明るい緑が目に優しい。稜線の一部に秋らしい色を見つけることができた。緩み掛けた目元は、それが何よ、という自身の呟きに掻き消された。
　電車は寝子島シーサイドタウン駅に到着した。ドアが開いた途端、買い物帰りの若者達が乗り込んできた。静かな車内は一変して賑やかになる。
　そこに耳障りな声が聞こえてきた。さゆるは斜め後ろの座席に視線を飛ばす。
　若い男女のカップルのようであった。どちらも金髪で品のない指輪やネックレスが刺々しい光を放っていた。
「ま、俺に付いて来いよ。自由に遊ばせてやるぜ」
「わたし、愛されてるぅ」
　擦り寄る女の肩に男は腕を回した。手慣れた様子で胸を鷲掴みにした。指が独立した生き物のように動く。えっちぃー、と身を捩りながらも女は身体を押し付けていった。
　さゆるの表情が険しくなる。山へと目を向けても収まらない。女の甘ったるい声を聞いている間に口だけが自嘲気味に笑った。
「……あたしも同じか」
　さゆるは自身の左胸に目を落とした。柔らかそうな膨らみが見える。掌に包むと程良い弾力が返ってきた。
「穴が空いているのにね」
　左胸には確かに穴が空いている。さゆるには感じることができた。その穴は貪欲で幸せを詰め込んでは食べてしまう。自身が壊れる覚悟で押し込んでも穴は底なし。塞がる気配を一向に見せなかった。
　そんな穴が空いた心でも感情はある。夜は寒い。身も心も凍えそうになる。人肌が恋しくて自身を何度も抱き締めた。惨めな姿に涙が止まらなくなった。
　それでも幸せという温もりを求めてしまう。夜になる前にどこかに辿り着かなければならなかった。
　さゆるは後ろに目をやった。二人の痴態は続いていた。胸を揉まれる女の顔をじっと見る。それなりに幸せそうであった。
　寝子島駅で二人は降りた。電車は島外へ向けて動き出す。
「……あたしは、どこまで行くんだろう」
　離れていく島を見ながら、さゆるは呟いた。
　電車は海を渡る。騒々しい音を車内に響かせて寝子島大橋を通過した。
　訪れた一瞬の静けさ。さゆるは悲しみに満ちた目で笑う。
「破滅まで、かな」
　その声は誰の耳にも届かない。車内は賑やかな会話で満たされた。
　さゆるは穴の空いた左胸を抱えるようにして、見知らぬ街へと渡っていった。