そんな季節の変わり目に｜リアクション

そんな季節の変わり目に

　カーテンの入れ替えが各部屋で粛々と進められていく。家具は家の外に運び出され、秋に相応しい物へと生まれ変わる。食器類の搬入はすでに終わり、使用人の一人が銀食器を羊の皮で丁寧に拭いていた。
　八神修は広々とした部屋の中央で迷子の状態となった。個々が流れるように動いて声を掛ける間もない。
「俺も何かするか」
　見つけたモップは使用人の一人に横手から奪われた。
「雑用等は私達に任せて、修様は心安らかにお過ごしください」
「いや、折角だから俺も掃除を……」
　使用人の精密な動きを目の当たりにして修は言葉を失った。
「俺の出る幕はなさそうだ」
　修は臙脂のブルゾンを肩に引っ掛け、子犬のカーキーを連れて外に出た。
「どうしたものか」
　思案顔で足を止めた。カーキーはお座りの姿で修を見上げる。待ち切れない尻尾が盛んに振られた。
　そこに黒いスーツを着用した風間が歩いてきた。恭しく頭を下げると修に提案した。
「適当に車で流してみますか」
「いいのか？」
「はい、出掛ける用意は出来ています」
　停めてあった車は陽光を纏い、一点の曇りもなかった。風間がドアを開けて修は後部座席にカーキーと共に乗り込んだ。
　風間は滑らかに車を発進させた。星ヶ丘寮の門を抜けて間もなく大きな通りに合流した。
　修は横目で海を見た。波は穏やかで散策に向いているように思えた。遠目にも家族連れの姿が窺える。
　修は海に背を向ける形で九夜山に目を移した。頂上に目を凝らす。光の加減なのか。僅かに色付いて見える。
「……風間さん、九夜山に向かってください」
「わかりました。登山道入口駅に向かいます」
　車は海岸線を走って途中で左折した。トンネルを抜けてロープウェイが所有する駐車場の一角に車を停めた。
　二人は車を降りた。カーキーは嬉しさのあまり、駐車場を走り回る。
「私がロープウェイの券を買ってきます」
「券は必要ない。俺の行き先はあちらだから」
　修は登山道を指差した。風間の表情がやや厳しくなる。
「万が一のことも考えて車で上がれる所まで私が案内します」
「風間さんも一緒に登りませんか？　心配の種が減るかもしれませんよ」
「……お供します」
　修に心の中を見透かされた風間は表情を和らげて答えた。ワン、とカーキーが続いた。

「この位置だけは絶対に譲りません」
　登山道では風間が先頭に立った。任せるよ、と修は苦笑して付いていく。カーキーは小さい身体を駆使して前後を行き来した。
　緩やかな蛇行で上りが続く。修の息は切れ、膝を手で支えるようにして登った。風間は立ち止まっては後ろを振り返り、右手をそわそわさせた。
「これくらい、平気だよ」
　修の顎先から汗が滴る。カーキーは足元で心配そうな声で鳴いた。無理に作った笑顔で安心させて足を懸命に動かす。
　道程を引き伸ばすような大きな曲がりが連続した。修は頭を下げたまま、歩き続けた。景色を見る余裕はなかった。
「修様、引き返しますか」
　風間の声には、ただ頭を左右に振った。言葉は全て荒い息になって風に溶け込んで消えた。
　修様、と何度目かの風間の声が聞こえる。修は止まりそうな足で頭を振った。それでも名前を呼ばれた。
　修は怒りにも似た表情で顔を上げた。すると視界が一気に開けた。道端に立った風間が微笑みを浮かべている。
「修様、九夜山の頂上です。これほど早くに辿り着くとは思っていませんでした。おめでとうございます」
「……俺は登り切ったのだな」
「はい、私の手も必要ありませんでした」
　修の喜びがカーキーにも伝わったのか。頻りに尻尾を振って見せた。