秋の散策～九夜山周辺～｜リアクション

秋の散策～九夜山周辺～

【紅葉狩り】３人で散歩をしながら

　風に揺れる葉は、薄く色づいていた。
「ピークじゃないけど、今がちょうどいい時期かもしれないわね」
　橘千歳は秋の漂いを見せ始めた木々に目を馳せる。
「人が増えるとゆっくり楽しめないからな」
　御剣刀が言葉通り緩やかな足取りで進む。
「このあとは、『白桜』って所に足湯があるらしい。そこで休憩するつもりだけど……山頂に行く方が良かったかな？」
『ううん　全然おっけー。温泉　大好き　楽しみ』
　スケッチブックにそう書くのは小山内海。
　今日は刀が千歳と海を誘い、山へ散策に来たのだ。
（きれー）
　カエデなどは、見ごろを直前に控えた時期であるものの、葉の色は緑が抜けつつある薄緑だ。色が揺らめいて見える様子は緑萌える日々と、これから来たる色鮮やかな日々の景色を同時に想起させる。
（スケッチしておこうかな。この色合いが描けるか分からないけど、残しておきたいもんね）
　熱心に木々を見る海。その様子に刀が表彰を柔らかくした。
　――楽しんでくれてるみたいだな。
　女の子を、山へ、遊びに、誘え。
　少し前に「こっくりさん」で言われた事を、刀は九夜山の貼り紙で思い出していたのだ。
　そのせいか、今日は誘うのに緊張した気がする。
　いつものように友だちを誘う感覚ではなく、「女の子」を意識したせいだ。
（思えば、小山内も千歳も女の子なんだよな……快く了解してくれたけど、山登りで疲れたら楽しめないし、俺が責任を持って注意しないといけないな）
　ペースに気を配ったり、疲れたら支えたり、会話で楽しませたり――
　刀の思考は、『男として女の子をエスコートする』という方向に向いていく。
「――刀君？」
「！」
　思考に捕らわれていた刀が千歳の声に我に返る。千歳は不思議そうに顔をした。
「そろそろお昼だし、足湯に行く前にお弁当にする？――って聞いたんだけど」
「あ……そうだな。そうしようか」
　気息を整え、刀は頷く。
「千歳のサンドイッチは美味いからな。すごく楽しみだ」
「そう言ってくれると嬉しい、けど……」
　最後を小さく言い、千歳は話題――空模様や頬に感じる風といった、季節の移ろいの兆し――を振ってくる刀を見て、小さく首を傾げたのだった。

　そろそろ正午という頃合い。
　梢は当初の予定通り、千年杉の近くまで登って来ていた。
　幼少より慣れ親しんだ山である。生まれた時から何度も目にしていた巨木は、昔から変わらぬ姿で今日もそびえ立っていた。
　さてこの寝子杉。自然豊かな寝子島の中でも樹齢四千年を数える代表的なシンボルスポットの一つなのだが、森の奥まで一本道をそれなりに進み、そして帰らなければならないため、再開発地域などと比べれば足が遠のく場所といえなくもない。
　梢としては、こんなに大きいなら島のヌシのような大きな昆虫がいても良いのではと、思わなくもないのだが――
（おや観光客……外国の方でしょーか？）
　視界にうつった、先客らしき人影。ただの観光客なら多少観察する程度で気にも留めないが、メモに一心不乱に書きつづっている欧米風の男の足元では、開きっぱなしのリュックがあり、そこから紙袋やら菓子袋やらが風に乗って、旅行シーズン真っただ中である。
（たしか、清掃活動してましたっけ）
　ならこれはマズイだろう。色々と。
　梢は飛んできた袋の一つをキャッチし、熱中している男に話しかける。
「あ」
　その直前で、はたと気づいた。
（私、英語苦手でした！）
　しかし放っておいては良い事もない。突然訪れた実践英会話レッスンに、梢は意を決して口を開いた。
「ヘ、ヘイガイ！」
「……？」
　真剣な声音が届いたのか、男が梢へと振り返る。
（おお、異文化コミュニケーションができました！　次は……）
「ユ、ユアーダストイズカミングアウト！」
　精一杯思考を捻り、放った声が、静かな森へと消えていく。
（こ、これでいいのでしょーか……）
　見つめる梢の前で、男の表情が動く。