己の魂を越えてゆけ｜リアクション

己の魂を越えてゆけ

【氷の世界】

　朝、寝子島神社で剣術の修行をしていたら御剣刀のドッペルゲンガーが現れた。
　猫が横切ったのを見たからだ。
「お前の信念を壊しに来た」
「俺の信念？　俺のフツウを守ることを壊そうというのか！？」
　御剣の言葉に、ドッペル刀は首を横に振る。
「そうじゃないだろう。お前の本当の信念を折りに来た」
　そうしてドッペル刀は木刀を青眼に構えた。
（コイツは何を言ってるんだ？）
　御剣には分身の言っている意味が分からなかった。
「御託はいい。行くぞ！」
　ドッペル刀の姿が消えた。
「ヤバい！」
　御剣は頭の中でガチンッと撃鉄が落ちるイメージをする。
　すると世界がスローに流れていく。
　否、御剣自身が加速し、そう見えているだけだ。
　だが、目の前の敵も加速した時間の中で木刀を振るう！
（嘘だろ！？　俺より早い！）
　御剣の攻撃が届く前に、ドッペル刀の攻撃は何発も食らわされる。
　ろっこんが解除され、倒れこむ御剣。
　木刀を杖代わりに立ち上がり、敵を睨む御剣。
「お前の信念は、誰かを守ることじゃない」
「うるせえ！　俺は必ず、絶対にそこへ辿り着くんだよ！」
　ドッペルの言葉に反論する御剣だが、立て続けに襲って来る加速打撃に膝を折ってしまう。
「こんなんじゃ、俺は、守れないのか……？」
　口にして、彼は違和感を覚えた。
　この極限状態の中、御剣は走馬灯のように今までの出来事が一気に脳裏を駆け巡る。
（この島に来て沢山の物を得た、それを傷付けられたくなくて手放したくないんだって走っている内に、いつの間にかフツウを守るんだって思ってた）
　だが、それより前に抱いていたものは何だったのか？
（思い出した。小さい頃、真剣を振るう祖父の姿に憧れた。ああなるんだと手を伸ばし走り続け、全てを置いていった。それでも良かった、俺はどんな事をしても憧れたあの背に追いつきたかったから。そして追い抜きたかった、祖父の辿り着けなかった場所へ進む為に）
　それは、御剣が剣術を極めたいと決意した動機であり、原初の願望だった。
　ドッペルの執拗な高速攻撃を凌ぎながら、御剣は何かを掴みかけていた。
（俺は全てを越えてそこへ辿り着く、それが己だったとしても。その為なら全てを置き去り、無限に加速し、何よりも速く駆け抜けてやる！）
　御剣の木刀が弾かれる。
　絶体絶命。勝負が決まるのに、１秒も掛からないだろう。
　だから勝つために、御剣は再度願った。
　もれいびになって今まで寝子島で過ごしてきた彼の魂から溢れ出た望み、祈り、全てを！

「この手が届くまで、世界よ止まれ！」

　頭の中で撃鉄を落とした瞬間、目に見える世界の動きが相対的に鈍くなっていく。
「まるで、すべてが凍り付いたようだ……」
　何も聞こえない。
　落ち葉は止まっている。いや、そう見えるほどゆっくりと沈んでいく。
　全てが極限までスローに感じるほど加速した御剣は、そのままドッペル刀――己自身に向かって駆け出す！
「俺のろっこんは、ほんの数秒しか持たない。でも、もうお前には一瞬だってくれてやらない！」
　御剣はドッペル刀へ上段から木刀を袈裟斬りに振り抜く！
　更に返す刀、踏み込んで斬り上げた！
　これはかの有名な佐々木小次郎の秘剣、燕返しの模倣！
　御剣はドッペル刀に背を向けて歩き出す。
「――加速、完了。確かに届いたぞ……！」
　落ち葉がはらりと御剣の目の前に落ちた。
　後ろから聞こえる衝撃音を確かめるまでもなかった。
　今、御剣の見える世界は誰よりも加速している。

＜御剣刀：加速する氷の世界（アクセル・ホワイトワールド）＞