「はっ」
　ハンディカム片手に、桃川 圭花はいつの間にか眠っていた。
「！　なんかすごいことになってるし……」
　カメラ越しに、今起きている倉庫の惨状を目の当たりにする。
　謎の仮面男。ただの着ぐるみで中身はもちろん空である。それが今、ヒップホップダンスのような軽快な踊りで、幽霊嫌いのユージーン・バーンズを追いかけ回している。
「うわああああああ助けてー！」
　周りは手を貸したくともそれどころではない。辺りの物という物が狂ったように舞い飛び、回避することで精一杯なのだ。自由気ままに跳ねるそれらは、恐怖よりも浮かれたお祭りという表現がしっくりくる。
「なんか楽しくなってきましたよーぅ！」
　不破 ふわりは意気揚々としている。
「ショータイム！」
　高梨 彩葉もノリノリ。ろっこん「アミぐるみを操る能力」で、飛んで来た物をアミぐるみに受け止めさせる。そんな中にあっても、亜魚隈 猯利、白浜 渚あたりは、淡々と涼しい顔で、飛んだ物をもとの場所へ片づけ続けている。
　散乱した物につまずき、ついに仮面男に追いつかれてしまうバーンズ。ビームセイバーでポコポコぶたれる。
「痛い！　痛い！」
　幽霊の怖さよりも死への恐怖が勝った。
「このような事件に巻き込まれて死ねるものか！　ファイヤぁぁーーー！」
　やけくそのバーンズ！　指鉄砲の先から放たれるろっこん「ザ・ガノバショット」！　仮面男を3メートルくらい後方へ吹っ飛ばした。が、放った本人も気絶。
　ハイテンション仮面男は、数秒の沈黙の後、また動き出す。それほどに、甚八の感じた「喜」は計り知れない。
「弱いものいじめはもうやめるんだ！」
　倉庫に響くアツい声。童顔の少年が仮面男を呼び止めた。風雲児 轟、寝子島の平和を誰よりも願うヒーロー志願者だ。
「お前が黒幕……なんだよな？　毎晩倉庫をめちゃくちゃにするから守屋さんが迷惑してるんだ！　今すぐやめやがれ！」
　が、仮面男は踊りをやめない。軽やかなステップで次の獲物を探しにかかる。
「やめねえなら……仕方ないが力づくだ！」
　ともいえ武装している相手にこのままでは分が悪い。物陰に隠れる轟。
「戦衣着装！」
　説明しよう！　風雲児 轟は一目につかない場所で「戦衣着装」と叫ぶと、自作ヒーロー「ザ・ストレイト」に変身するのだ！

　その間に、果敢にも仮面男に接触する強者が現れた。
「あの、こんにちわー。私、貴方の映画見ましたよ―」
　折角の機会だからと、何が折角なのか分からないがたまたまSF倉庫へ遊びに来た屋敷野 梢だ。
「どうして色んな機材とかが自由に飛び回ってるんでしょうかー。撮影ですか？　すごい技術ですねー」
　目を輝かす梢に対して、仮面男、容赦なくセイバーでどつく。
「痛っ！　な、何するんですか―！」
　ボコボコボコボコ。「喜」を体現するように、容赦ない。
「痛っ！　痛いですって！　おい！　こらっ！」
　梢がプチッときた、そのとき。
「直拳貫徹、ザ・ストレイト！　黒幕倒しに只今参上！」
　セットの二階部分から再び登場の轟、否、寝子島ローカルヒーロー、ザ・ストレイト！
「お嬢さん、ここは私に任せてお逃げなさい！」
（き、決まった……）
　が、すでに梢の姿はない。ろっこん「胡蝶の夢」で上空に逃げていたのだった。
「……」
　無言でセットから飛び降りるザ・ストレイト。そして仮面男へ猛ダッシュ！　気を取り直して接近戦へと持ち込んだ。
　ハイテンション仮面男の手数は多い。ザ・ストレイト、これを回避しようと集中するが、わりと無茶に近い。結局は拳で殴って受け止める。
　けっこう痛い。
　拳がヒリヒリするのを我慢しながら、隙を狙う。
「今だ！　ストレイト・スマッシャー！」
　誰も聞いちゃいないが、ザ・ストレイトの必殺、ただの勢い任せの右ストレートが仮面男の脇腹をえぐった！
（うわむっちゃくちゃ痛い！　指の骨折れたかも！）
　仮面男は着ぐるみだが、素材は重厚だ。
「……完敗だ」
　無言のままひざまずくザ・ストレイト、いや、風雲児 轟。相手に首を差し出す格好になってしまう。仮面男のとどめの一閃が、彼の首に打ち付けられる、寸前だった。
　仮面男の上空から、蝶の変身を解除した梢が落ちて来る。
「さっきのお返しですよー」
　倒れた仮面男の背をグリグリ踏みつける梢。結果的に、轟のほうが梢に助けられるかたちになってしまった。
「優しい私は、土下座で許してあげましょー」
　気が晴れたらしい梢。仮面男の背から退いて、土下座を指示するが、
「きゃー」
　仮面男、梢を振り切り逃げるようにして走り出した。そもそも霊障に土下座をさせるのが無理というもの。梢、完全に中に人がいると思っていたらしい。
「まったく！　レディの扱いがなっていないですねー」
（うう……マジで骨までいってるかも……）
　仮面男を撃退（？）し、片づけ作業に戻る轟。梢もそれに倣うのだった。

　ここでさらに、遅れて倉庫に到着した坊主頭の少年がいた。
　特撮「サイレンジャー」の撮影でも映画村を訪れた森 蓮である。
（皆さん頑張ってらっしゃいますね）
　美化委員の先輩である亜魚隈 猯利をはじめ、見知った者たちがたくさん片づけに参加している。
（私も、お世話になった寝子島映画村のため、清掃に協力します）
　彼が遅れたのには理由があった。一つは、寝不足にならないよう猫鳴館で早めに眠り、十分睡眠を取って万全の態勢を整えてきたことだ。
「あはーこんばんはぁー」
　声をかけられたほうを振り返ると、撮影のときに仕事を共にしたふわりの姿があった。
「おはようございます。どういう状況ですか、それ」
　ふわりは、数体の宇宙人に担ぎ上げられ、豊かな胸を揺らしながら、どこぞへ運ばれようとしていた。
「なんかいきなり持ち上げられたんですよーぅ。あはは、手が背中をくすぐってくすぐったいですーぅ」
（助けたほうがいいのでしょうか。楽しんでいるようにも見えますが。私だけではなんともならなそうですし、仲間を連れてあとで助けましょう）
　さらに、その後を追う響 タルトの姿があった。
「特ダネだよ〜。僕が絶対記事にするんだよ〜」
「これはタルトさん」
「君も来てたんだね〜。僕は宇宙人の行方を追うよ〜。危なくなったら助けを呼ぶからね〜」
「そうですか。ふわりさんをよろしく頼みますね」
　タルトを見送ると、激しく物が飛ぶ倉庫内を片づけにかかる蓮だった。