守衛室を訪れた3人のおかげで、甚八の中に芽生えていた「哀」の感情は完全になくなり、今のところはポルターガイスト現象がスタジオで起こることはなかった。
　しかし倉庫内は別の意味で騒がしくなる。
「お片づけのお手伝いですよーぅ」
　威勢よく、声と胸を張り上げるのは不破 ふわり。噂を聞くやいなや現場へ駆けつけていた。考えるよりも先に足が動いてしまう性質らしい。
「今のところおかしな現象は起きてないか」
　続いて登場は御剣 刀。警戒心を怠らず、木刀も持参している。
「これからお化けが出てきて片っ端から散らかしてくれるんですよねぇ〜、楽しみですね〜」
　ふわりの胸ははちきれんばかりだ。
「お、お化け！？」
　扉のそばで恐る恐る中を覗き込むのはユージーン・バーンズ。
「後ろが詰まってますよバーンズ先輩♪」
　高梨 彩葉がバーンズの背中を押す。
「わっ、心臓に悪いからやめてくれっ！」
　偶然合流し、片づけを手伝うことになったバーンズ。心霊現象が起こると知って尻込みしている。
「お邪魔いたします」
　丁寧に頭を下げて入るのは白浜 渚。入るなり、足下のコードに足を引っ掛け盛大に転ぶ。しかし前髪は乱れず、眼鏡も外れない。彼女の絶対領域がそこにある。
「へー！　これガ、スタジオかー、面白いナー！　掃除もイイケド、探索もシタいナー」
　謎のカタコト言葉を遣うのは百鬼 諶之丞。何事にも興味津々の彼、我先にと倉庫内へ入っていく。
「待て！　置いていくなっ！」
　バーンズが泣き顔で片づけ組の後を追う。
「ほんとにこんなメンツで大丈夫かね？」
　真面目に片づけに来たと思われる人物はあまりいない。そう見受けられるメンバー構成に刀はやや不安気。
　亜魚隈 猯利の事前準備のおかげで、スタジオ内はこざっぱりとしている。これからここが物の飛び交う戦場になろうとは想像もできない。

　のだが。

「あら」
　渚の視界を何かがかすめる。
「おっ」
　刀のそばでも、小道具がカタカタ動いた。


　場所は変わって守衛室。
「まいどーうさぎ屋じゃ！」
　大田原 いいなが元気よく守衛室の裏口を開ける。月1くらいのペースで、甚八の夜食『うさぎ屋の塩焼きそば』を出前で届けているのだ。
「……ってなんじゃなんじゃ！？」
　守衛室のちゃぶ台を囲うようにして、見覚えのある顔がそろっていた。
「あら奇遇ですね。聞いてあげてください、甚八さんの悩みを」
　常葉 治に言われ、輪の中に入るいいな。
「お茶をどうぞ」
　雪見 大福がカップを差し出す。
「お、気が利くのじゃ」
　遠慮なく受け取るいいな。
「それで甚八さん、いつからポルターガイストが発生してるの？」
　桜庭 円が尋ねると、甚八は疲れた顔で記憶をたぐり寄せ始めた。
「今月の初めのほうでしたか。最初は物が少し動く程度だったのですが、日を追うごとに悪化しまして。今では機材が飛ぶのは当たり前、撮影に使用した人形や模型まで動き出す始末で」
「ほうほう、何やら大変な目にあっとるようじゃな？」
　いつの間にかいいなは自分の夜食用のソース焼きそばをずるずるすすっている。
（やっぱりろっこんで確定だな）
　そう思いながら円、『うさぎ屋の塩焼きそば』に目がいってしまう。
「甘いものだけじゃなくしょっぱいものも食べたいね」
　気配を察してか大福が言う。
「私は寝子饅頭をたらふくいただきましたから、皆で食べましょう。こうやってたくさんの人で食べる食事というのは楽しいですね」
　甚八は提案すると、顔をほころばせた。

　倉庫にいる刀から円にメールが届いたのはその直後だった。
『ちょっと動きだした』
　倉庫ではポルターガイストが早くも発生しているらしい。
（甚八さんに原因があると思うんだけど……発動条件はなんだ？）
　首を傾げる円。饅頭の欠片をもらっていたにゃーくんが不思議そうに見上げる。
「治さんは常葉といいましたね。料亭旅館『薫風常葉』の……」
　甚八が治へと向き直った。
「はい、若女将です」
「しかしあそこに娘さんはいなかったような」
　表情に陰を見せる治。その反応で甚八は全てを察したようだ。
「誰もが何かしらの事情を背負って生きているものです。私もこの年になって独り身、酸いも甘いも味わってきましたからね」
　甚八の優しい言葉に、治の憂いは即座に消え去るのだったが。
「それってもしかして！　道ならぬ恋を貫いているとか！？」
　守衛室の窓口から突然の声！　メモ帳片手に無駄に昂奮しているのは響 タルトだ。
「『寝子島タブロイド』こと寝子タブの取材でまいりました！　甚八さん、家族いないんですか？　好きな人とかは……？」
「そうですね身寄りはありません。好きな人も特には……」
　突如の訪問者に戸惑いつつも答える甚八、しゅんとしょげる。
「うーむ、独り身の美老守衛を狙うUFOの陰謀。これはネタになる、これはネタになるぞー！　倉庫も見に行かねば！　じゃ！」
　すたこらさっさと夜道へ消えていくタルト。そして鳴る円の携帯。
「刀くん、そっちはどう？」
　刀と聞いて、治、今度はしどろもどろ。
『おい、いきなり物が荒々しく動き出したぞ！』
「なんか騒がしそうだね」
　大福は心配になる。
「か」「わ」「っ」「て」
　口パクで、円に電話を代わってもらおうと必死になる治。
『うお、あぶねぇ！』
　複数の悲鳴とともに電話が切れる。
「なにかとんでもないことが起きておるようじゃのう。ようし儂が見てこよう！」
　お腹いっぱいになったいいなが守衛室を出て行く。
　刀と話せなかった治と、独り身であることを追い立てられた甚八が肩を落としている。
（もしかして）
　円はひらめく。甚八の秘密を解き明かしつつあった。

　そのころスタジオ倉庫は、霊障のカオスが始まっていた。