酒は飲んでも飲まれるな｜リアクション

酒は飲んでも飲まれるな

　大田原いいなは、その体には大きすぎる緑色のロングコートをひっかけ、店を飛び出した。
「何やら異変が起きておる！」
　お好み焼き屋「うさぎや」の手伝いをしている最中だった。店主の叔母や客たちの様子が、急におかしくなったのだ。普段色々言いたいことはあるけれど、叔母は店を開けている間はごく常識的な人間だ。それなのに―――
「いきなりエビ乗せ放題などと……赤字確実ではないか。解せぬ……酔っ払ったとしか思えぬ」
　なぜこんなことになったかはわからないが、とにかく、自分たちの「普通」を守らなければ―――おそらく酔いは、いいなにも回っている。
「儂まで心臓がばくばくしとる……だが、それに構うておる暇はないわ！」
　いいなは、ろっこん“TRANSMUTE”を発動させた。小柄でボーイッシュな印象の少女は、たちまちのうちに成熟した体つきの妙齢の女性に姿を変えた。
　いいなは駆け足のまま、コートの肩口を引き上げると、タブレット端末を起動させる。「ねこったー」の書き込みを眺める限り、人が集団で酔っ払う怪現象は、寝子島旧市街全域に広がっているらしい。
「酔っ払いの集中しておる場所を、探さねばなるまい」
夢中で走りながら、いいなは一人の男の顔を思い出す。あの日を境に、忽然と寝子島から姿を消した男―――一切の情報と、緑のロングコートだけを残して。
「仇敵よ……貴様ならこの状況をどう打開する？」
　だが、回想は彼女を呼び止める声で破られた。
「いーなっちじゃないか？何してるの？」
「ボケ彦！？なぜここにお……いるのよ？」
　いいなの目に映ったのは、彼女の悪友とでもいうべき存在、八十八旗信彦の姿だった。
「なんだか周囲の様子がおかしいから、困ってるレディがいないか見回ってるのさ！」
「相変わらずね……ひとまずその呼び方、人前ではやめてちょうだい。この現象、どうも皆が酔っ払ったようになるみたい。あなたは平気そうね」
　信彦の口調はしっかりしていて、素面の時と同じだ。
「多少酔ったところでどうってことはないさ。普段から自分に酔っているからね！」
「……。ま、いいわ。『ねこったー』の書き込みから分析すると、この現象は円状に起きてるみたい。その円の中心にあたる公園に行ってみるわよ。騒動の原因がわか……貴様ぁ！どこを触っておるかぁ！」
　いいなは胸元に伸びた信彦の手をひねり上げる。
「あ痛た、ギブギブ！普段との体型のギャップに感心して、つい……ひっ、力入れないで！」