酒は飲んでも飲まれるな｜リアクション

酒は飲んでも飲まれるな

　後木真央は突如平衡感覚を失い、壁に手を付いた。
「にゃふ、これは一体何なのだ……」
　体が火照って言うことを聞かない上、頭が割れるように痛い。なんだか胃の中も気持ち悪い。
「これはもしや……いわゆる熱中症っ！？」
　真央は酒を飲んだことなどない。酔った状態を知らないのだから、勘違いも仕方ない。
「こういうときはまず、水分補給と聞いたのだ！」
　真央は目に付いたスーパーでスポーツドリンクを買い、一気に飲み干した。
「ゲフッ……やべえのだ、全然良くならないのだ……これは思ったより重症なのだ……」　
　よろめきながら通りに出た真央は、周囲の人間の様子を見て仰天した。
「みんなよろよろでぐったりしてるのだ。まさか島中が熱中症なのだ！？もしやそういう神魂かろっこんのせいなのだ？ ……きっと救急車も大忙しなのだ。自力でなんとかするしかないのだ！」
　真央は回れ右をして、さっきのスーパーへ戻った。
「スポーツドリンクの小さめペットボトルを買い占めるのだ！そして熱中症で苦しむみんなを助けるのだ！」

　気分転換に街を散歩していた篠崎響也は、急に頭を押さえた。頭がひどくくらくらする。
「何なんだ……？」
　体もだるく、足元もふらふらする。体全体が熱い。
「熱でもあるのか……でもこんな急に？」
　ひとまず、どこか体を休められそうなところはないか―――響也が辺りを見渡した瞬間、一人の小柄な少年と目が合った。響也は特に気にもしなかったが、相手は何事かいいながら近づいて来る。
「ああっ！そこの美形なお兄さんも素敵です！」
　あいつは俺のことを言っているのか？
「あの横顔……とっても輝いてます！ときめいちゃって胸が苦しいです！」
　まさかな。初対面の相手にそんなアプローチする奴なんて……
「ねぇ、そこのクールなお兄さん、僕とお茶しませんか？」
　いや、やっぱり俺か……。
「僕は三城竜太って言います！怪しい者じゃありません！」
「充分に怪しいよ……」
　体の変調と変てこな少年に戸惑いながら、響也は答える。
「僕はただ、お兄さんが素敵すぎたから声をかけただけです！まずそこの木陰で、ゆっくりお話しましょう！」
　響也は何か言おうとしたが、頭が回らないまま、強引に竜太に引っ張られていった。
「お兄さんのお名前はなんですか？」
「……篠崎響也だけど」
「それじゃ、響也先輩って呼んでいいですか？」
「……好きにしてくれ」
「響也先輩！趣味は何ですか？」
「ヴァイオリンと、ピアノ……かな」
　頭が働いていないので、響也の耳には竜太の言葉はぼんやりとしか聞こえない。矢継ぎ早の質問にも、どうしても生返事になっていく。
「ああ、その素っ気無さもたまらない！」
　相手がそれを好意的に受け取ってくれるのは、幸いなのか不幸なのか。
　気のせいか、なんだかやたらと顔の距離が近い気がする。そういえばやたら腕やら足やらを触ってくる気もする。どうしたことだろう？響也は疑問を覚える。なぜ自分が好意を向けられるのかも、鈍感な響也には分からない。男が男に好意を持つことがあるとは知っていても、よもや自分がその対象になるとは夢にも思っていない。
　しかし、響也にも理性は残っている。
「抱きついて、いいですか？」
言葉より先に竜太の両手が背中に伸びた瞬間、響也はろっこん「瞬間加速」を発動して辛くも逃れた。
「駄目、ですか……？」
「駄目だよ！」
　割と真剣に身の危険を感じながら、響也は竜太に言った。