酒は飲んでも飲まれるな｜リアクション

酒は飲んでも飲まれるな

　偶然旧市街にいた綾辻綾花は、周囲の人間の異変に気づいた。急に千鳥足になったり、支離滅裂なことを言い出したり、陽気に歌いだしたり。
「一体、何が……？」
　急な怪現象に戸惑う綾花に、聞き覚えのある声が聞こえた。正確には、耳ではなく直接心に呼びかけられていた。
「一時的にこの一帯の人間が、酔ったのと同じような状態になってるんだよ。そのうち収まる」
「その声は……テオ？」
　周囲を見渡した綾花は、すぐにテオの姿を見つけた。
「酔った状態……？私はどうして平気なんでしょう？」
「体質的に酒に強いんだろう。ほかにも平気な奴もいる」
「なるほど、それなら納得です」
「だが、逆に酔いつぶれてる奴もいるぜ。牛瀬と理事長とかな」
　テオの方は興味もなさそうに、それきりどこかへ姿を消したが、綾花にとっては一大事だった。
「いけない、先生たちが困ってるなんて。介抱してあげないと……でも、どうしたら……」
　困惑する綾花に、後ろから声をかける者がいた。
「君は、大丈夫？」
　後ろに居たのは、両手にペットボトル入りのミネラルウォーターを抱えた少年だった。
「ええ、私は大丈夫です……あなたも、酔いつぶれた人を介抱してるんですか？」
「うん。今、水を買ってきたところなんだ。君もきっと、お酒に強いんだろうねぇ」
　少年は微笑んだ。なんだか人を安心させるような雰囲気だった。
「よかったら私も手伝います。でも、こんな状況なのに冷静ですね」
「ありがとう。お母さんがクラブで働いてるから、こういうのは慣れてるんだ。僕は月影倖、寝子中2年だよ。君は？」
「私は綾辻綾花、寝子高2年です。よろしくお願いします。ペットボトル、持ちますよ」
　酔いつぶれて危なそうな人を探して歩きだした二人は、まもなく助けを必要としている人を発見した。
「まずい、あんな小さな子まで！」
　道路の隅の排水溝のふたの上で、小学校低学年くらいの女の子が苦しそうにうずくまっていた。二人はすぐに駆け寄った。女の子はべそをかいている。
「こわいよ、気持ち悪いよ……わたし、死んじゃうかも……」
「落ち着いて、心配ないよ……まず、水を飲んで」
　倖がペットボトルを女の子に持たせると、綾花も問いかけた。
「あなたは、どうしてこんなところに？」
「ぐすっ、あのね、家にいたらなんかぐらぐらしてるの。お父さんにはね、地震の時はほかの人は忘れてすぐ逃げなさいって言われてたからね、すぐ逃げたの」
「家はすぐ近くなんですか？」
「うん……」
　その答えは、ひとまず二人を安心させた。
「でもね、さっきから頭が痛くて、気持ち悪いの。歩いても全然前に行かないの。こわくて、さびしくて……」
「大丈夫だよ、僕たちがいるから、一人ぼっちじゃないよ。僕は寝子中生の月影倖。君の名前は？」
「わたし、小島海美……寝子小の1年生なの」
「私は、綾辻綾花、寝子高生です。安心して下さい、これは地震じゃありませんよ。みんなの体の調子がちょっとおかしくなったんです。時間がたてば元に戻りますよ」
　綾花は、優しく海美の背中をさすってあげた。
「……本当？」
　二人のおかげで、海美は心細くなくなったのか、泣き止んで顔を上げた。
「手、つないでいい？」
「ああ、いいよ。近くのベンチに座って、ゆっくり休もう」
　この子は大丈夫そうだ、と安心したところで、綾花は自分の本来の目的を思い出した。
「いけない、私は先生たちを探すんでした！」
「この子は僕が見るから大丈夫だよ。君は、ほかの人に手を貸してあげて。ペットボトル、何本かあげるよ」
　倖に礼を言って、綾花は理事長たちを探しに行った。