酒は飲んでも飲まれるな｜リアクション

酒は飲んでも飲まれるな

「ありゃ？」
　夏の終わりのある日の夕刻。七緒璃音は自分の体の異変に気づいた。なんとなく、足がもつれるような感じがする。意識ははっきりしているが、どこかふわふわした感じもする。何なんだろ。璃音は首をかしげて頭をかいた。まだ厳しい暑さが続いている。暑さに当てられて、ちょっと体がおかしくなったんだろうか。
「ま、いっか。帰って休もう」
　旧市街を訪れたのはちょっとした買い物のためだ。その用事も済ませたので、あとは帰宅してゆっくり休めばこの変調も収まるだろう―――
　今回の現象が引き起こす騒動を、璃音はまだ予想だにしていなかった。

　覚束なくなった足をシーサイドタウンの方に向けて歩いていたとき、璃音は見覚えのある二つの人影を見つけた。旧市街の小さな公園の中のベンチで、知っている大人が二人休んでいる。
「あれぇ、牛瀬先生！理事長も……何してるんですか？」
　牛瀬は顔を上げて、こちらの方を見た。なんだか顔色が悪く、調子が悪そうに見える。彼はかろうじてベンチに座っていたが、理事長の方はベンチの上でだらしなく横になり、なにやら寝言らしきことを言っていた。
「おお、七緒か……。どうも、また面倒事が起きてもうたらしい」
「面倒事？なんですかそれ？しかし今日も素敵ですね牛瀬先生！」
「アホなこと言うとる場合やない……。お前、何か体がおかしくなっとらんか？」
「う～ん、そういえばなんかふわふわした感じがしますねぇ」
「やっぱりな。どうも、理事長が飲んだ酒の影響で、周囲の人間が酔ったような状態になっとるらしい。ワシはほとんどアルコールを入れてへんのに、ひどく悪酔いしとる」
　なるほど。璃音は牛瀬の説明に納得した。
「ありゃ～、それは大変ですね！ウチもどうして巻き込まれちゃうのかねぇ。幸い、ウチはなんとか歩けますし、そこらの自販機で、二人に水でも買ってきます」
「何、それくらい俺が行ってきます！」
　牛瀬と璃音の会話に割り込む者がいた。二人は声の方を振り向く。
「おう、八神か。お前は大丈夫なんか？」
　声の主は、自転車にまたがった少年―――八神修だった。
「俺の方は平気です！ちょっと平衡感覚が変になったくらいで」
「……ホンマか？ズボンが汚れとるで」
「ああ、これですか？さっきサイクリング中に転んだんですが、平気ですよ！」
　修は自信満々に胸を張るが、牛瀬と璃音を全く安心させることはなかった。璃音は修に声をかける。
「やがみん、よくここまで自転車で来れたね？」
「いやあ、褒めてくださってありがとうございます！」
「いや、褒めてないよ……」
「ふむ、見たところ特に理事長の酔い方がまずいようですね。コンビニか自販機を探してきます！行こう、ミルク！」
「ニャー」
　名前を呼ばれた子猫は、修の自転車の前かごの中でだらしなく転がっていた。この現象、動物も酔うのかな？璃音は疑問に思ったが、修はそれに構わず自転車を漕ぎ出した。
「おい、八神！フラフラしとるぞ、大丈夫か！」
「ええ、大丈夫ですよ！」
　遊具や植え込みにぶつかりながら全く説得力のない言葉を残し、修は風のように去っていった。

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