酒は飲んでも飲まれるな｜リアクション

酒は飲んでも飲まれるな

　目を覚ました四月一日菊乃は、ふわぁ、と大きなあくびをした。その直後。状況を把握して、仰天した。浮舟久雨に抱きついたままではないか。
「さっきのお姉さんに抱きついたまま寝ちゃってたの……失態なの……でも、たぬは過去を振り返らないイキモノなのー！お姉さん、起きるの！風邪引くの！」
　揺り動かすと、久雨は薄目を開けた。
「う～ん……私は、寝ていたのか……すこし気分が回復したようだ」
「目が覚めて良かったのー！それにしてもお姉さん、髪の色とっても綺麗で、海みたいなのー」
　久雨は恥ずかしげに、目を伏せた。
「……感謝する。染めた髪を褒められたことは、あまりないのでな」
「わっ。波打つと、ほんとの海みたいなのー！すごいのー！」
「そういえば、名も聞いていなかったな。私の名は浮舟久雨、寝子高生だ。貴様は？」
「たぬはたぬなのー！寝子中の１年なのー、よろしくなの！」
「そうか、たぬか。この怪現象、神魂の影響だろうか。効くかどうかは知らぬが、茶でも買ってくる」
「すごいの、くーちゃん先輩は気遣いの人なの！お茶をおごってくれるなんて太っ腹なの！」
　久雨は笑った。
「大したことではない、大げさだな。そこで待っていろ」
　久雨が買ってきたお茶を、菊乃は美味しそうに飲み干した。
「水筒の麦茶を飲みきっちゃってて、ちょうどのどからからだったのー。くーちゃん先輩はエスパーさんなの？」
「気にするな、私ものどが渇いていたのでな。夕飯前だろうし冷たいお茶にしたぞ」
　久雨は微笑みながら、菊乃の言葉を聞いていた。人なつこい菊乃が話しているのを聞いていると、なんだか安らいだ気分になってくる。
「中学１年と言っていたな。まだ入学間もないが、学校はどうだ？」
「学校、すごくたのしいのー。理科の実験、小学校ではできないこともやるの。ガスバーナーぼーってなって、長い名前のお薬も使って、あと白衣も着たのー！あとね、あとね！」
「暗くなってきたな。家まで送る。歩きながら、話そう」
　菊乃は、久雨に促されて立ち上がる。身長差のある二人は、ゆっくり歩き出した。

「気のせいでしょうか？皆さん、様子がおかしい気がします……」
　津島直治は、家へと急ぎながらひとりごちた。これは島全体を襲う怪現象なのか？とにかく、また変な人に捕まらないよう、早く帰らなくては―――
「こんにちはっ」
　路上で声をかけられ、直治は振り返った。声の主は、にこにこ笑って立っている小柄な少女。
「こ、こんにちは―――」
　挨拶を返し終わらないうちに、その少女、雨寺凛はいきなり直治に抱きついてきた。
「わわっ。一体どうなさったんです！」
「こんにちはぁ、君、中学生？」
「そ、そうです……何かあったんですか？」
「なんらか、とっても楽しい気分なの！こんな挨拶も、ありれしょ？」
「ないです！少なくともここ日本では！」
「えー、ちょっとくらい付き合ってくれてもいいれしょお？」
「えっと、僕はあいにく先を急ぎますので……失礼してもよろしいでしょうか？」
　酔っぱらいの対処に慣れていない直治は、凛を振りほどくこともできず、下手に出てお願いした。
「そう……いやなの」
「ご、ごめんなさい……今は、急いでいるので」
　一瞬凛の力が緩み、直治が安心したのも束の間。
「れも離してあーげないっ！だって、とっても楽しいんだもん！」
　凛のくっつき方はいっそう激しくなった。
「ま、待って！落ち着いてください！」
　直治は凛の重みに耐え切れず、仰向けに転んだ。