酒は飲んでも飲まれるな｜リアクション

酒は飲んでも飲まれるな

　自転車を止めた八神修は、ふと辺りを見渡した。
「さて、さっきの公園はどこだろう？」
　あちこちにぶつかっては転んだため、体中擦り傷だらけになっている。さらには野良猫を見つけるたびに足を止めて相手をしていたので、飲み物を買うだけでやたら時間をかけてしまった。右肩に乗っかっている黒猫は、そのへんから本能のまま連れてきてしまったものだ。その上、酔ってさっきの公園の場所を忘れてしまったらしい。
「ん？あれは栗原先輩。あの人に聞けばいいや」
　修は自転車を降り、路上でじっとしている栗原瑞穂に近づいた。この場合最悪の人選であるということに気づかずに。
「あの、ちょっといいですか。あれ？もしもし」
　無反応な瑞穂を心配し、肩を叩いたその時。
「ああっ！私に触ったわね！何するのよ！」
「わわ、俺はただ……」
「あれ、八神くんじゃない。見損なったわ、あなたがセクハラするような人だったなんて！」
「とにかく騒がないでください、人が来たら困ります」
　慌てて止める修だったが、瑞穂は騒ぐのをやめない。駄目だ、この人も酔っている。退散しよう。
　自転車の方に戻ろうとしたその時。修は片足を掴まれ、嫌な予感とともに足元を見た。なぜか頭にたんこぶを作った行梨謡が、修の足にしがみついていた。
「―――えへへぇ。うさぎさん、また見っけ……」

「あれ？」
「どうしました、響也先輩？」
「誰かの悲鳴が聞こえたような……ま、いっか。さっきの変な人も追い払ったし」
　篠崎響也は、まだ離れない三城竜太に苦労しているところだった。
「やっぱり、抱きしめちゃ駄目ですか？」
「駄目」
「じゃ、ハグするのは？」
「いや、同じだろ」
　なぜ初対面の自分に、こんなに行為を向けられるのだろう。響也は不思議でならない。でも、響也は竜太を邪険にすることもできなかった。自分に一生懸命好意を示してくれる少女のことを思い出すからだ。
「なあ、竜太」
「なんでしょうか？」
「人を好きになれるのは、いいことだと思う。だけど、何事もほどほどがいいんだぞ」
　ちょっと先輩らしいことを言えたかな―――響也はすこし、微笑んだ。

　御剣刀は、本気で困った。小山内海に好きなようにさせていたら、だんだん顔が上に上がってきて、ついに刀の顔に向かって唇を突き出してきたのだった。
「あのな、酔った勢いでそんなことしたら、きっと後悔するぞ」
　刀は海の額を抑えて止める。海は潰れた字をスケッチブックに書く。
『いやなの？』
「いや、そういうことじゃ」
　刀の弁解を聞く前から、海の目から大粒の涙がこぼれだした。
「わわ、落ち着け！」
　静かに泣き出す海に、刀は慌てたが、なすすべもない。そのままそっとしておくしかなかった。
　やがて、泣き疲れたのか、海は刀の膝の上で寝息をたて始めた。刀はすこしほっとする。このまま、目覚めるまで寝かせておこう。
　その時だった。
「刀ちゃん、無事なのだ？」
　少し離れたところから、後木真央が呼んでいるのが聞こえる。
「大変なのだ、海ちゃん意識がないのだ！二人とも、熱中症対策をするのだ！」
「ああ、後木か。熱中症？いや、これはたぶん酔った症状……」
「とにかくこれを飲むのだっ！」
　真央はほぼ人の話を聞かないモードに入っていた。
「これ投げるから、ちゃんとキャッチするのだ！」
「ああ、大丈夫だ……あ痛！」
　刀は、自分もほろ酔い加減であるということを忘れていた。放物線を描いた小さめのペットボトルは、刀の右手をかすめて、綺麗に彼の額に命中した。
　