酒は飲んでも飲まれるな｜リアクション

酒は飲んでも飲まれるな

　御剣刀は急によろめいた。神魂がらみの怪異が起きていないか、旧市街を見回りがてらランニングをしていたら、いきなりめまいが襲ってきたのだった。
「暑さにやられた……？いや、ちょっと違うな」
　足元がふらふらし、頭がくらくらする感覚。御神酒を飲まされた時の感覚をひどくした感じだ。
「俺、もしかして酔ってるのか？酒なんか飲んでないのに……まさか……！また神魂かよ！」
　どうしたら酔いが覚めるのだろう。実際に酒を飲んだわけではないから対処が思いつかない。
　悩んでいると、向こうから見知った少女が歩いてきた。小山内海だ。やはり彼女も酔っているのか、足取りが覚束無い。
　刀が心配して手を貸した瞬間だった。海は急に刀に抱きついてきた。小さな体からは想像もつかない強い力だった。刀は困惑する。
「小山内……一体どうした？」
　海はいったん刀から離れると、スケッチブックにさらさらと文字を書いた。声を出せない海は、常に筆談用のスケッチブックを持ち歩いているのだ。
『なんだかふわふわしていい気もち』
『世かいがゆらゆらしてる』
　うむ、やはり間違いなく酔っているな、と刀は思った。文字がゆがんでいる上、漢字は画数の少ないものだけだ。
　再び刀を抱きしめる海。小動物みたいで可愛い。抱き返してあげようか。普段の彼なら理性で抑えるところだが、今は理性が緩んでいた。刀は、海をぎゅっ、と抱き返した。
　柔らかくて心地よい感触。いい匂いがするな、と刀がぼんやり考えていると、海はさらに大胆な行動に出た。
　腕と言わず胴体と言わず、刀の体にキスをし始めたのだ。
　どうしよう、こんな人目に触れそうなところで―――ま、いいか。小山内は幸せそうだ。少し、好きにさせてあげよう。

　呉井弦月が体の異変に気づいたのは、ヴァイオリンの練習帰り、旧市街を歩いていた時だった。
「おかしいな、風邪……かな？それとも熱中症？」
　急に頭がぼんやりして、歩くのもやっとの状態になってしまった。このままだと危ない。手近なベンチで休もう。
　なんとか座って一息ついた弦月。一人でゆっくりしよう―――というつもりだったが、やがて現れた人影のおかげで、その目論見は潰える。
「うわ……。なんで榊さんがこんなところにいるんだ」
　榊彩斗は、弦月の兄の友人なのだが、どうも面倒見が良すぎて苦手だ。
「ヤバイ、目があった。こっちに来る……いいよ、来なくて。というか、こっち来んな」
　弦月が心の中で念じた思いは、無駄に終わった。
「おおい……ゆづきぃ……」
　結局こっちに来たか。
「無事か、苦しそうだぞ……」
「何でもないです。疲れたからベンチで休んでるだけです、放っておいてください」
　つれなく横を向く弦月だったが、彩斗もなんだかおかしいことに気づくのに、時間はかからなかった。
「ゆづきも、体が熱くないか……？」
「……え？榊さんも体調変なんですか？」
「ゆ、ゆづき……なんだか肌が白いぞ……」
「僕の肌が白いのは生まれつきです」
「ゆづきは中学二年生だったよな……うん、わかってる」
　訳知り顔で勝手に話を進める彩斗。
「……話が見えないんですが」
「いいか、この症状は……『中二病』なんだ……」
「は？」
　意味がわからない。
「ゆづきも、ちょっと不思議な力に目覚めちゃった感覚が……あるだろう？それに体が熱い感じが、するだろう？それが中二病っていうんだ……」
「さっきから何を言ってるんですか、榊さん」
「大丈夫だ……中学生や高校生にはよくあることなんだ……」
　弦月は確信した。自分も彩斗も酔っ払ってしまったのだ。何なんだ、この島は……。
「この病気をこじらせると、右手がうずくとか、自分は魔族の血を引いてるとか言い出す恐ろしい病気なんだ……でも大丈夫、リハビリをすれば治る！」
「……治療やリハビリが必要なのはあんたのほうでしょ、しっかりしてください」
　酔いが覚めるまで、しばらくこの面倒な人の相手だな。弦月はため息をついた。