酒は飲んでも飲まれるな｜リアクション

酒は飲んでも飲まれるな

「これは……皆、酔ってしまったということでしょうか？」
　宇井真珠は、周囲の人が急に千鳥足になる怪現象に戸惑っていた。自分は普通に立っていられるし、酔った感じではない。たぶん、自分はお酒に強い体質なのだろう。
「でも、周りの人が心配です……あんな小さい子まで……」
　はたして、目の前で小学生くらいに見える女の子が足をもつれさせてしまった。
「おっと！」
「危ない！大丈夫ですか？」
　真珠は、危うく女の子を抱き抱えた。
「もうすぐ夜ですし、小学生が一人で出歩いてたら危ないですよ」
「ひどいなあ、私は高校生だよ」
「え？私より年上……？」
　驚く真珠に、女の子はふくれっ面をした。
「深民実々、高校１年生よ。あなたは中学生？」
「はい、中学１年です」
「もう、去年まで小学生だった子に小学生と思われるなんて……そーやってみんないつもちっちゃいちっちゃいって……あんまりだよ！ぐすっ」
　踏んではいけない地雷を踏んでしまったらしい。真珠は慌てて謝る。
「すみません、失礼しました……」
「こっちはね、お団子作ってちょっとでも背を高く見せたり、眼鏡かけて大人っぽく見せたり頑張ってるんだよーっ。ひくっ」
「あ、謝りますからそんなに泣かないでください……」
「チビって呼ばれ続けたクツジョクから脱出するんだって決めたのに！えーん」
　荒ぶる実々の対処に困った真珠は、とりあえず実々の頭を撫でてみる。
「辛いでしょうね、悔しいでしょうね……でも、安心ですよ」
　何が安心なのかは知らないが、適当な言葉でも実々をなだめなければ。
　愚痴を一気に話したおかげか、真珠が頭を撫でたおかげか、実々はだんだん落ち着いてきた。
「ふぅ、何となくすっきりした……今私が話したから、今度はあなたが話す番だよ」
「え、私が？」
「なんてったって年上だからね、ほら、お姉さんになんでもいいから話してみなさい！」
　急に話を振られて困った真珠だったが、実々の愚痴を聞いていると、なんだか自分も話したくなってきた。
「実々さんと呼びますね。私は宇井真珠、寝子中の１年です。私にも悩みはあるんです。聞いてください、今無性に喋りたくなって……」

　津島直治は、ふと自分の体の異変を自覚した。ふわふわした浮遊感がある上、なんだか熱っぽい。気分も悪くなってきた気もする。
「……俺、風邪でもひいたかな？」
　直治は自分の額に手を当てた。
「そういえば、叔父さんは『夏風邪は馬鹿がひく』っておっしゃってましたっけ……これが風邪だとしたら……ううむ、参りましたね……」
　口調が素のものに変わってきていることを、直治は自覚していない。丁寧語で喋る男子中学生は変だと思っているので、人前では本来の口調である丁寧語は出さないようにしているのだ。
　家に急いで帰ろうとしたとき、直治は通行人とぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい！」
「うん、平気……」
　直治はその相手、志波拓郎の顔を見上げた。なんとなくぼうっとして、目の焦点が合っていないような……。
「……大丈夫ですか？具合悪くないですか？」
「具合、大丈夫……少し、暑いだけ……」
　言いながら、拓郎はTシャツを脱ぎ、ランニングシャツ一枚になった。
　本当に大丈夫だろうか。後ろ髪を引かれながらも、直治は帰り道を急いだ。