鏡の中の、あなた。｜リアクション

鏡の中の、あなた。

●御剣刀の場合

　刀が目にしたもう一人の自分、それは自分の姿をしているけれど中身は自分とは言い難いものだった。何せ、口を開けば……。

『おっぱーーい！　いいよなーおっぱい。相変わらず事故って女の子のおっぱい揉んだりスカートに頭突っ込んじゃったりしてる？　このラッキースケベ！』

　ゴッという音が静かな校舎の踊り場に響いたのは、そのセリフが終わるか終わらないかの瞬間だった。刀が容赦なくもう一人の自分を殴ったのだ。

『いってぇ……っ！　いきなり酷いじゃないか！　ちょっと本当の事言っただけだろ』
「もう一発殴られたいらしいな……あれは不可抗力と言うんだ！」

　どうしてこんな自分が出てきたのだろうかと刀が溜息を吐くと、もう一人のオープンスケベでぐうたらな自分が面倒くさそうに溜息を吐いてみせる。それから床へごろりと寝転がり、刀を見上げる。

『あいつ等の事で悩んでるようだけどさ、お前ちゃんとあいつらを庇っただろ？』

　刀の耳がピクリと動く。ただそれだけの言葉で、誰の事を、何を言っているのかわかったからだ。見えない痛みが刀の心と頭を苛む。

『あのタイミングで、あれだけやっても死んじゃったんだ。どうしようもなかったんだよ』
「違う、それは」
『意味のない苦労をしても誰にも理解されないよ？　もしかして格好付けてる？　俺格好いいーとか言ってやろうか？』
「意味のない事なんてひとつもない！誰かの理解とかそういうのは、元から期待もしていない」

　けれど、納得できていないのも確かだ。チクチクとした痛みに刀が眉根を寄せる。
　刀が今、剣術の腕を上げるのではなく身体能力を上げるのに重点を置いているのも、神魂絡みの厄介事に関わって剣術の腕を磨くより厄介事その物を解決したいと思うようになったからだ。

『そんな事に気を揉むよりもさ、ダラダラと楽しく過ごしながらお前の傍にいてくれる女の子達のおっぱい揉んで幸せな気分に浸った方が精神衛生上にもいいって！　なっ？』
「お前は人の話を聞いていたか？　俺がアレに納得できてないのも、自分のフツウを守りたいからって行動するのも、ただの自己満足だよ」

　人の話など聞く気はないのだろうか、そう思いながらおっぱいを揉むようなジェスチャーをするもう一人の自分に……いや、己自身に言い聞かせるように刀は続ける。

「守りたいっていうかさ、今のままでいたいんだ。今がこのままずっと続けばいいって……そう思ってるんだよ」

　停滞を望むのではない、ただ今の幸せを。大事な人達と共に歩めるこの幸福を守りたいのだ。

『今がこのまま続けばいい、ね。まあそれを本気で望んだら……手を貸してやるよ』
「どういう意味だ」
『さぁな、俺は女の子のおっぱいを揉めたらそれでいいし』

　もう一発殴って蹴りでもくれてやろうかと思ったが、もう一人の自分は刀の追求をのらりくらりとはぐらかし、最後までおっぱいの事を喋って消えていった。
　疲れた……そう思いながら、もう一人の自分が消えた場所から踵を返した刀は気が付いていただろうか。見えない痛みは、ほんの少しかもしれないけれど刀から消えていた事に。