鏡の中の、あなた。｜リアクション

鏡の中の、あなた。

●八神修の場合

　彼が噂の鏡を探しに来た理由は、ＮＭＲのネタになりそうだと思ったのが一つ。それからもう一つは、もう一人の自分とは一体何なのかという興味……考察からでもあった。
　噂話を聞き、修は考える。それは鏡による自己催眠が具現化した姿なのではないか、と。色々考えながら歩いていると、いつの間にか階段の踊り場へと到着していた。辺りを見回せば、鏡らしき物は見当たらない。眉唾だったかと思ったその瞬間、修の前に鏡は突然姿を現した。そして修の姿を映した鏡は気が付けば消え、もう一人の自分が現れる。
　自己暗示であると言う説が正しいのであれば、女性版の自分が現れるはず……そう思いながら現れたもう一人の自分を注意深く観察するが、女には見えなかった。

『何を考えてるか、当ててあげましょうか』
「……面白そうだ、聞こうか」
『女の自分が出てくると思ったのでしょう？でも、当てが外れたって思ってる』
「外れてばかりでもないだろう、現に口調が女らしい」
『ふふ、そうね。それじゃあもう一つ。鏡を何度も覗き込めば、何人でも現れるって思ってたでしょう？』
「そうだ、でも鏡は消えたな」

　そう、もう一人の自分が消えた後、また鏡に姿を映せば……自己暗示であるならば何人でも自分が望むもう一人の自分と対話ができると思っていた。けれど、鏡は消えている。
　修は瞬時に自分の仮説が間違っていた事に気が付いていた。現れるのは、正しく一人なのだと。

『まぁ、難しい話は止めましょうよ。私でわかる事なら答えてあげるわよ？』
「ふむ……では女性から見た俺は、どう見えるのか」
『そうねぇ……頼りがいがあるって感じじゃないかしら。でも、もっと世間を知るべきね』
「なるほど、参考にしておこう」

　確かに修は少々世間知らずな部分がある、それは修自身も身に沁みていた事だ。言われて気が付く事もある、もう少し話をしてみよう思ったのは好奇心だけではないはず。

『ねぇ、それより恋の話をしましょうよ！　略して恋バナ』
「な……っ」
『いいじゃないの、一番気になる所でしょ！　どうなのよ、意中の君とは』
「そ、それは……もっと仲良くなりたいと思っているが」

　もう一人の自分だからか、いつもより素直に本音が出てしまった。言ってから慌てたけれど、もう遅い。もう一人の自分はそれは楽しそうに修へとアドバイスをくれるのだ。

『だからね、押さば引け、引かば押せよ』
「そうは言っても中々難しいんだ。その、迷惑になっても彼女に悪い」

　本気なんだ、と呟けば切ないわよねぇと返事が来る。そんな話をしていると、修の口から欠伸がひとつ。少し話し込みすぎたようだ。

『まぁ頑張ってよ、応援してるから。それじゃあたしは行くわね、夜更かしは美容の大敵なのよ！』

　どこへ行くのかと思ったけれど、それを聞くのも野暮だ。もう一人の自分との会話は、自然とそう思える程には修にいい影響を与えたのだろうか。
　眠気を堪えながら、修は自宅へと向かう。自然と好きな人の事を考えながら――。

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