鏡の中の、あなた。｜リアクション

鏡の中の、あなた。

●北条冬華の場合

　どんなもう一人の自分に会えるのだろう、そう考えながら歩く冬華の足取りは軽かった。ふと耳にした噂話を楽観的に捉え、南校舎を訪れる事にしたのだ。
　そんな冬華の前に現れたのは、姿形は冬華と全く変わらないもう一人の自分だった。ひとつ違うかもしれないと感じる所は、何処か厳しい顔付きをしていた所だろうか。

「わぁ、あなたがもう一人の私なんですね。性別も、体型も服装も一緒……なんだか双子みたいですね」
『そんな事はどうでもいいの。それより貴女、今の生活のままでいいの？』

　もう一人の自分が冬華に放った台詞はなんともシビアな言葉だった。
　冬華に両親はいない、事故にあったのだ。冬華も怪我こそしたけれど生き残った、今の生活が成り立っているのは両親が遺してくれた遺産のお陰でもある。その遺産に乗っかって生きている訳ではないし、大分余裕はあったけれど今後の……将来を考えれば不安にならないと言えば嘘になる。

『学校を卒業してから……とかはダメよ。自立した生活を目指すなら、今すぐ行動を起こすべきじゃないかしら』

　冬華の甘い考えを見過ごしたように、もう一人の自分は厳しい意見を突きつける。確かに高校生活は長い。アパートの家賃に光熱費だって、控え目とは言え出費として考えるなら大きい物だ。しかし、いきなり全てを自分で賄うとなったら学校生活にも支障が出るだろう。

「ほんの少しでもいいなら……そこからでもいいなら、自分でお金を稼いでみるのもいい社会勉強かもしれませんね」
『そうね、自分でお金を稼ぐって結構大変な事だから貴女の為にもなると思うわ。それにほら、ボクシング部に入ったのだって、積極的に動けたら……というのは動機なのでしょう？バイトも同じよ。何か新しい自分が発見出来るかも知れないわ』

　もう一人の自分の言葉は、シビアだけれど至極当然の事で耳が痛かったけれど、冬華は納得して頷いた。

「わかりました。私、何かアルバイトをやってみようと思います」
『その意気よ。あぁ、でも変に自給が高いのは妖しいバイトの可能性もあるから気を付けるのよ。学校帰りに負担なく出来るバイトや、休みの日に入れるのを探すといいわ』
「なんだかバイトに詳しいんですね」
『これくらい、調べれば分かる事よ。でも……そうね、一人で選びきれなかったら他にバイトしてる人に相談してみるのもいいかもしれないわね』

　なるほど、確かにその通りだ。やってみたいバイトを選ぶのもいいし、既にバイトをしている者に聞いてみるのも選択肢が広がるかもしれない。

「ありがとうございます、なんだか勤労意欲が沸いてきた気がします」
『くれぐれも、無理はしないでね。……私はこのまま消えるけど、貴女の事見てるから……。だって、自分自身ですもの』
「……ありがとう、『私』」

　もう一人の自分の眼差しが、どこか柔らかい物になったと思うと同時に、その姿は消えていた。

「うん、コンビニでも寄ってＮＥＫＯワークもらって帰りましょうか」

　冬華の足取りは来た時よりも軽く、どことなく楽しそうだった。