鏡の中の、あなた。｜リアクション

鏡の中の、あなた。

●屋敷野梢の場合

　噂を聞いた時の感想は胡散臭い眉唾話だな、であった。けれど彼女がここを訪れたのは、どうしてだったのだろうか。本当かもしれないという僅かな期待、それから自分でもわからない自分の事を知りたかったからかもしれない。

「うわぁ、本当に出てきた……」
『出てきた方が期待外れみたいな言い方しないでくれるかな』
「あ、ごめんなさーい。って事は、貴方が私……ですかー？」

　現れたのは男で、最初は自分かどうかわからなかった。でも、どことなく通じる部分もあったので問い掛けてみれば鏡から現れた人物は静かに頷く。

『そうだよ。ところで僕も君自身なんだから、敬語じゃなくてもいいと思うよ？』
「んー、確かにそうだとは思うんですけど、私はこの話し方が根付いちゃってるので、変えるのめんどくさいでーす」
『まぁいいけど……。で、なんでここに来たの？』

　何故、と問われるとそれはそれで困る。もう一人の自分とやらが世界を破壊してやるとかそういう奴だったなら、サンドバッグさながらにぶっ飛ばしてストレス発散でもしてやろうと思っていたけれど。どう見ても目の前にいるのは人畜無害な普通の……男だけれど、もう一人の自分だった。
　まじまじと観察していると、我ながら女子人気のありそうな顔立ちをしている事に気が付く。観察されている方は居心地が悪そうな顔で梢を見ていたが。

「男子はいーですよね、色気とか女子力とかそういう意味不明な能力いりませんし！……私も貴方みたいに生まれたかったです。趣味とか興味も女の子らしくないし、上手く合わせようとしても少しずれてますし。たまに、人間関係が煩わしくなる事もあるし……」
『男だってよくわかんない女子の理想を押し付けられたりするだろ。それと、それ……煩わしいんじゃなくって羨ましいんだろ？』

　ちくりと胸に刺さる言葉。貴方に私の何がわかるのかと思ったけれど、もう一人の自分であれば分かる物なのかもしれない。自分を取り繕っても仕方ないかと梢は思う。

「まぁ、そーかもしれませんね」
『そーだと思います。まぁ結局そんなのは自分でなんとかしなきゃいけない事だろうけどさ』
「私なんかに、解決策なんて期待してませんよーだ。ほら、そろそろお開きですよ。帰った帰った！」
『自分の事、卑下する必要なんてないだろ。……あんまり無理すんなよ』
「お互い様ですよ、ばーかばーか」

　無理するな、なんて。自分自身に言われるなんて思ってもみなくて、梢は内心吃驚する。

『それから、別にその趣味だって悪いもんじゃないだろ。理解してくれる奴だっているさ』
「……そうだといいですね」
『そうだよ。……じゃーな』
「はい、また」

　また会えるかなんてわからなかったけれど。今はこうやって別れるのが一番いいような気がして梢は手を振る。もう一人の自分は梢の言葉に返事をしなかったけれど、手を振り返しながら消えていった。

「それじゃ、またね」

　誰も居なくなったその場所に、ぽつりと言葉を投げ掛けて梢はその場を後にした。

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