鏡の中の、あなた。｜リアクション

鏡の中の、あなた。

●三ヶ島葵の場合

　葵の目的は非常に明確な物だった。噂を聞いた瞬間、これは寝子高七不思議かもしれない！　そう思ったのだ。そうとくれば是非とも調べなくてはいけない、その価値は十分にあるとデジタルカメラを持参で訪れた。
　噂通りに門は開いていたし、踊り場にも難なく辿り着けた。そして、不意に鏡は葵の前に現れたのだった。彼女は迷わず、鏡を覗き込む――。

「わ、わー！　だ、だめだよこれはー……誰も来てないよね、見てないよね！？」
『大丈夫、誰もこないよー。ふっふふー、吃驚したかなー？』

　突然現れた鏡が消えると同時に、もう一人の自分が現れた事に驚くよりも、葵はその現れたもう一人の自分の姿に慌てていた。それは彼女が今まで隠しに隠してきた姿だったから。
　もう一人の自分は、本来なら葵が染めて隠している髪色そのままだったのだ。真っ白な、髪色。
　一般的にアルビノと呼ばれる先天性白皮症、それが彼女の隠し続けているもの。

「吃驚したってもんじゃないよー、なにかなその姿ー？」
『今の三ヵ島くんと違って、欠点を気にしない私だよー』
「うるさいよー。こっちは……めちゃくちゃ気にしてるんだよー」

　だから、髪は染めている。少しでも伸びてくれば、伸びてきた分だけ自分で染めているのだ。美容院に行く事もあるけれど、できるだけ髪色については触れられたくない。
　普段から明るくポジティブな性格の葵のたった一つのウィークポイントだ。

『……気持ちはわかるんだよー？　でもでもー？　気にしててもしょうがないよー、それにー、隠して生きる方が不便だよー？』
「……それも……そうだけどー」

　ウィークポイントなどないもう一人の自分は、その白い髪を指で摘みながら葵に軽く笑って見せる。本当はこんな事、大した事ではないのだと。世界に自分だけではないし、同じアルビノの人間は他にもいるのだと。
　けれど、これは葵の自覚するたった一つの弱点なのだ。誰にも弱みを握らせたくはない。
　それに苦労だってある、白い肌は紫外線にとても弱く、ケアは欠かせないし強い光りにだって弱いのだ。いい事なんて、今の所葵には思い浮かばない。

『まぁさー、今はわかんないけどーそのうち平気になるかもしれないよー？　人に見せるの』
「うん、でも……私はこれからもこの秘密は守り続けるよー」

　いつか、それを打ち明ける人ができるかもしれない。できないかもしれない。それはわからないけれど、そんな日が来ればいいとも思わないけれど。

『いつか、そんな日が来るといいねー』
「……そうだねー。ところで、ちょっと写真撮らせてくれるかなー？」
『んー、あんまりお勧めはできないんだけど、いいよー』

　もう一人の自分の了解が取れたので、葵はさっそく一枚デジカメにその姿を収める。撮ったところで誰にも見せれないなとは思ったけれど、この噂が本当だったという証拠にはなる。

『それじゃーねー、私はもういくよー。三ヶ島くんも気を付けて帰りなよー』
「そうするよー、お節介な三ヶ島くん」

　あはは、と笑うような声が聞こえて、もう一人の自分はいなくなった。静かになった踊り場から、下宿先へと帰る為に歩き出した葵も、ほんの少し笑っていた。