You complete me.｜リアクション

You complete me.

　春風も心地よく感じる３月のはじめ。
　寝子島からロイヤルブルーのスポーツカーが、幸せそうな２人を乗せてお台場にやって来た。
　多種多様なショッピングモールも、ハイテクな娯楽施設も。そして自然溢れる公園もあれば、摩天楼が眺められる海浜公園もあるという、このなんでも集まる人工島は、老若男女問わず楽しめる都内でも有数の観光名所。
　そこに、寝子島高等学校の教師と生徒であるウォルター・Bと稲積柚春が連れだってやって来たのなら、もちろん社会科学習に科学館やテレビ局へと――行くワケがなかった。
「楽しみだね、ペアリング！」
　まだ間柄としては、恋人ではない。
けれども昨年の告白を切っ掛けに、互いの想いを確認し合った２人は、大事な買い物のためにやってきている。
　人気のデートスポットでもあるこの場所には、もしかしたら見知った顔も遊びに来ているかもしれないが、それでも寝子島内で買い物をするよりも安全だ。店も、遊び場も、ロマンチックなスポットだって盛りだくさん。
（買い物デートをして、指輪を交換して……そしたら夜景を見ながら）
　期待に胸を膨らませ――いや、見るからに浮かれ調子の柚春をウォルターも宥めはしない。
　それもそのはず。先月「ペアリングが欲しい」と言った柚春に対し、「今度さっそく選びに行こう」とノリ良く返したのは、何を隠そう彼なのだ。
　最初こそピンキーリングだと思っていた節も見受けられたが、その後キチンと柚春から『右手の薬指がいい』と伝えられ、承諾している。
「どんなのが欲しいか、決めてあるの？」
「えっとね、ピアスみたいにお互いの瞳色が入ってればいいなとも思うし、でも誕生石も捨てがたいし……」
　色々と考えてきたんだよと話す柚春の声を、ウォルターは微笑ましそうに聞いている。それが嬉しくて、柚春の声はさらに弾んだ。
　告白したときには「好きだから『今は』付き合えない」なんて狡い返答をした彼だけど、その答えには嘘はなくて、先日想いを再確認したのも夢じゃなかったんだと自信が持てる。
（両想いだから、待っててくれるんだよね？）
　つまり、今日は単なる遠出ではない。楽しみなデートではあるけど、それだけではない。
　今日は一緒に買いに行くのだ。２人を繋ぐ、右手の薬指用のペアリングを。
（そしたら、指輪の交換をして……記念写真もいっぱい撮って。夜景も見たいし、そうしたら……っ！）
　何度も何度も練り直し、考えてきた理想のデートプラン。柚春はブラックウッド邸へ赴いてはウォルター好みの服装をメイドのメアリ・エヴァンズから聞きだそうとしてみたり、数多あるデートスポットに悩めばカプセルギアのворへと話しかけ相談してみたりと、本日を最高の１日にするために頼れるものは頼り尽くした。
　もちろん玩具であるворが返事をするわけではないのだけれど、偶然体勢を崩してアドバイスをくれたこともあるので、柚春にしてみれば光の加減で違って見える表情を読み取り『相談』していた、となるわけだ。
　で、そんな影の立役者ворはと言えば――ドリンクホルダーに座らされ、仲睦まじい２人の様子を見せつけられている。
　本当に感情のない玩具であれば良かったのだが、彼は緑林透破という少年の意思を持っており、この上なく柚春を大切にしていた。
　謎多き少年は自分が『人間ではない』という自覚はあり、大切な友との約束で柚春を守っているだけなので、彼女が幸せになるなら誰と恋仲になろうが構わないとも思っている。ただ、彼女が幸せになるなら、だ。
　車が揺れた衝撃でか、ворの目線はウォルターに向けられた。その眼光が、窓から差し込む陽光のせいとは言い切れないほどの鋭さだったのは、言うまでもない。
　普通の人であれば偶然だろうかと思えても、ウォルターは透破の存在も名前も知っている。けれど、柚春はまだ彼の存在に気づいていないようなので、微苦笑するしかなかった。
「どうしたの？」
「いや……楽しみだねぇ、どんな指輪になるか」
　教師であり、一回りも上の大人でもあるウォルターが、今すぐ柚春のために出来ることは少ない。
　けれど、彼女に告げてきた言葉が嘘ではないと――このナイトに伝わればいいなと、優しく微笑んだ。

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