春のタウン誌は、お花見をはじめとした屋外のアクティビティ情報が充実している。
　行き先も、県内外から人気の観光名所であったり、大きなショッピングモールだったり様々で、小さな子供の居る家族連れから恋人夫婦、新年度に出来た新しい友達とまで楽しめそうな場所がいっぱいだ。
　けれども今は、ようやく３月になろうかという２月の末。
　屋外で過ごそうにも、まだちょっぴり寒さが気になる頃だし、お花見に行こうにも春の花にはまだ早く、冬の花は見頃も終わりかけているだろう。

　自宅のリビングで関東地方のタウン誌を捲りながら、稲積 柚春はどこに行こうかと熟考する。
　悩むことはいっぱいあるに違いない。愛するウォルター・Bとのデートなのだから、厳選だってするだろう。
（横浜、川崎……うーん、やっぱり県内だと少し近すぎるかな？）
　しかし、どうやら彼女が悩んでいるのは、その豊富なアクティビティを選びきれないからではないらしい。
　タウン誌のページを捲って、これはと思う場所を見つけてはスマートフォンでルートを検索。そして移動時間をメモしたなら、再び良い場所がないかとページを捲るの繰り返し。
（車って、何時間くらいなら疲れず運転できるものなんだろ）
　デートを楽しむということは、ウォルターを目的地に着くまで疲れさせてはいけない。
　なら電車かと一瞬考えたけれど、それこそ寝子島から一緒に乗り合わせれば誰に見られるともわからないし、長時間別々の車両に乗り続けるのも、デートだというのに物寂しい。
　だから、ウォルターの愛車で出かけたいとお願いしているし、彼もそれは快諾してくれた。

　互いに想い合っている２人だけれど、『今は』恋人同士とは言えない特殊な関係。
　隠れるようにコソコソとしなければいけないのは、柚春にもわかっている。……わかっている、けど。
「もっと、堂々としたいなぁ……」
　右耳で輝くロンドンブルートパーズ風ピアスを撫で、テーブルに座らせたカプセルギアのворを見やる。不思議な出逢いをしたこのカプギアには、何故か色々と話しかけてしまうけど、もちろん彼から返事が返ってくることなどない。

「今回ばかりは『デートかなぁ？』なんて言わせないんだから」
　幸せそうな顔で同意を求めるようにворと目線を合わせ、軽く指先で小突いてみる。すると、光の加減だろうか。彼は目元を伏せたかのように瞳を曇らせ、首をカクンと傾けた。
　まるで、「やれやれ」と呆れられたみたいな仕草に、柚春は不服そうに唇を尖らせる。
「そんな顔しないでよ。指輪を買いに行くんだよ、指輪っ！　ペアリング!!」
　きちんと座り直させながら、この大事な話はворには難しいかな、なんて苦笑する柚春だが――もう何度と聞かされた話に内心『彼』は相づちを打つのも億劫になっているかもしれない。
　いくら柚春の幸せを望み、ときにからかい発破をかけるように面倒見がいい彼でも、限度という物はあるだろう。けれど、そんな彼の思いなんて、ただの玩具だと思っている柚春に気がつけるわけもない。
　ворのことは、何でも話せる大切な存在だと思っていても、その中に緑林 透破という少年の意思が存在しているということなど、柚春は知らないのだから。

　マントも整えてやり、柚春は満足気に再びタウン誌に目を落として熟考する。
（越谷市、木更津……は、ちょっと遠いよね。店舗数なら御殿場も負けてないみたいだけど）
　柚春の一方的な憧れや片思いでウォルターを連れ出そうというのならともかく、今はそうではない。
　昨年の告白には色よい返事をもらえたし、先日もそれが場の流れではないと想いを再確認したばかり。互いに想い合う２人であれば、どこへ行っても楽しめるはずなのに、柚春はデート先が中々決められないでいた。

　いくら両想いでも、２人は同じ寝子島高等学校に籍を置く教師と生徒。
　どうしたって、知人に見つからないようにと場所選びには慎重にならざるをえない。

（偶然顔を合わせても不自然じゃない場所で、できる限りデートを邪魔されないような……）
　デート先が寝子島内など程よく近隣であれば、２人が顔を合わせていても不自然ではない。が、知人に会うリスクは高くなるので、デートとしては成立しづらい。
　かといって、あまりに遠い場所だと知人に会う確率は下がるだろうが、もし誰かに見つかったときに２人が偶然居合わせたのだと言い訳をするのは苦しくなってしまう。
　その上、うんうん唸る柚春には、クリアしたいミッションが他にもたくさんあったのだ。


　まずは、ペアリングを購入できること。
　カタログ調査をした結果、目星のブランドは絞り込んでいるから、まずはその店舗があるのは第一条件。
　もちろん指輪の購入については、ちゃんとウォルターとも約束済みだ。

　そして次に、デートスポットとして充実していること。
　指輪を買って、はいおしまい。……なんて、ただのお買い物だ。そんなこと、絶対にあってはならない。
　ペアリングだから、彼の意向も聞いて選んでいたら、遊ぶ時間はないかもしれないけれど、それでもいくつかはデートコースを考えておきたいので、お店だけでなく遊べるところか、恋愛のパワースポットも必要だ。

　となると、ある程度広いショッピングモールやアウトレット、はたまた都会の街中になるわけだが。
（……ワットの車は目立つからなぁ）
　ロイヤルブルーのスポーツカーなんて、街中の安いコインパーキングに止めて、大丈夫なものだろうか。まだモールの立体駐車場のほうが人目につかない上、防犯もしっかりしてそうな気がする。
　しかし、広さを誇るショッピングモールは、ちょっぴり片田舎だったりするから、逆に目立つかもしれない。
　つまり柚春がデート先に求める条件は、『ウォルターが運転に疲れない距離で、車の安全もそれなりに確保出来て、目当ての買い物が出来て、遊ぶ場所も恋愛ムードが高まるスポットもあるところ』という欲張りセット。
　……確かにこれだけ要望があれば、簡単には見つからないだろう。
（墨田区……あ、お台場！）
　そんな中で、柚春の目にとあるショッピングモールが目にとまる。
　目当ての店も遊ぶところも、もちろん恋愛スポットだってあるという、ほぼほぼ要望を満たしてくれそうな場所を、とうとう見つけたようだ。



「年貢の納め時かねぇ……」
　自宅のリビングでティータイムを過ごしていたウォルターは、スマホの通知を見てぼやく。
　その言葉に驚いて顔を上げたメアリ・エヴァンズは、主が照れくさそうな顔をしていることに気づいて、冗談めかしていたずらに微笑んだ。
「あら。まだ職は失いたくありませんよ？」
「それは僕もなんだけどねぇ」
　右手を広げ、ウォルターはしげしげと薬指を見つめる。もうすぐここに、柚春との仲を示す印がはめられるわけなのだが……果たして、本当にいいのだろうか。

　悩むウォルターに、メアリは襟元からチェーンを引っ張り出して結婚指輪を見せる。
「わたくしは、このように身につけることが多いですけれど」
「僕の仕事中はともかく、柚春にはホワイトデーにネックレスを渡すつもりで用意しているんだよ」
　それに、学校の外では付けるよう善処するとも伝えたし、何より約束してのペアリングだ。
　今更、理由をつけて逃れるのは難しいだろうし、何かと危なっかしい目に遭う柚春に対して、『僕のだ』と印を付けられるのは、悪くないと思う。
「……まさか、柚春さまには指に付けて欲しいのに、ご自身は嫌だなんて仰るわけでは」
「それはないよ。嫌ならそもそも、断ってるさ」
　いくら気分屋でも、好き嫌いのハッキリしているウォルターのことを、付き合いの長いメアリが知らないはずもない。
　だからウォルターは、隠し事はできないなと、少し真面目な顔で右手を握ったり開いたりしながら呟いた。
「ただ僕が……今の僕が、つけていい物なのかなぁって考えるんだ」

　好きだとは言える。けれど、まだ多くの人の前では言えない。
　彼女が幸せをくれる度、もっと幸せにしてあげたいと思う。でも、きっと悲しませもする。
　……そんな自分が本当に、彼女と対の指輪をつけてもいいのだろうか。

　ウォルターが何を悩んでいるかまではわからなくとも、メアリにも迷いは伝わる。
　恋愛観も結婚観も、メアリが少女の頃と比べたら大きく時代が変わった。２人の立場も考えれば、安易なことは言えないし、そもそも当人同士の問題に口を挟むことだってよろしくないだろう。
　けれど、うじうじと悩む主はらしくない。世話好きな面が災いしてか、メアリは女性として一言もの申したくなったようだ。

「甲斐性をお見せにならないと、どうなっても知りませんよ？」
　それだけ言うと、メアリは一礼してサンルームへと向かう。
　パタパタと遠くなる足音に、ウォルターは「うーん」と煮え切らない声を出して両手を翳した。
「今は右、かぁ……」
　右手を見て、左手を見て。暫し考えてから、スマホを手に持った。

　――大事な日に取っておくんだ。

　きっと、それも本音のはずだ。でも……遠慮もさせているだろう。
　仮に『左がいい』と願われたところで、そこは恋人の指だよねと断ったかもしれない。
　まだ、『今は』違うよねと……言い訳じみた言葉は紡げても、他の指ならと言えただろうか。
（僕に覚悟が無いからなのか、それとも……）

　――募集中って意味もあるらしいよ。

　いたずらに微笑んだ、柚春の顔を思い出すと胸騒ぎがする。
　でも彼女は『予約済』の意味で付けたいのだと言っていたし、それを互いに身につけるのは悪くない。
　ひとまず迷いは頭の隅に追いやって、待ち合わせの日時を相談するためメッセージを打った。

　柚春からの返信待ちの間、ウォルターはもう一度右手の薬指を見る。
「甲斐性ねぇ……でも、そうだよねぇ」
　好きだと告げた気持ちに嘘はないし、それで彼女が安心するというなら。
　こんな中途半端な関係を強いてしまったことに呆れず、待っててくれると言うのなら。
　迷いはあるけど、楽しみでもある。それが今の、ウォルターの正直な気持ちだ。

　柚春からの返信があって、デートの日程が決まった。
　とても楽しみにしていることを表す可愛らしいスタンプが数個並び、思わず苦笑してしまう。

「どんな指輪にしようか」
　３月の休みに、少し遠くまでデートをする。
　その日――２人を繋ぐ、ペアリングを買いに行くのだ。

担当ゲームマスター

浅野 悠希

マスターコメント

サンプルアクション（1）

プレイヤーの目的・意図

特にサンプルはありません

キャラクターの目的・理由

素敵な指輪が見つかりますように！

キャラクターの行動・手段

ガイドに縛られすぎないで楽しんで下さいね！