●パーティに行こう●


【星ヶ丘寮：エントランス付近】

「あっ霧生だこんなところで偶然だなぁー」
「偶然だなぁ、じゃねぇよ！　明らかに出待ちしてたろ、今っ！？」
　シュタッと手を挙げ爽やかに挨拶したはずなのに、いきなり胸ぐらを掴まれ当惑顔のロベルト・エメリヤノフである。自分をエントランスの影から引きずり出した相手、霧生 深雪に向かって、
「やだなぁ霧生？　出待ちだなんて……
　そんなバンギャルみたいなこと、僕がするわけないじゃないか。
　むしろこれはストーキングだよ、れっきとしたストーカー行為だよ！」
「こっ、コイツ、とうとう開き直りやがった……」
　ちょっと散歩でもと１歩寮から出れば、この変態に遭遇。いきなりツイてない霧生である。
「俺の後を尾けるなって、こないだ、あれほど言ったろう！？」
「ところで霧生、そんなことはさておき」
「さておくなよ！　こっちは大問題だよ！」
「今月誕生日なんだ！　祝ってくれ！！」
「あア？　誕生日？　誰のだよ？」
「そりゃもちろんこの僕、ロベルト・ルスラーノヴィチ・エメリヤノフのさ！」
　赤毛のロシア人を、頭のテッペンからつま先までじろじろ見て、霧生深雪さんからひと言。
「お前でも、生まれてきたことなんてあったのか」
「Σ ああっ、今日も霧生の毒舌は最高だよ！
　こんな理想の美少年が、僕の誕生日を祝ってくれるなんて興奮……興奮する……！」
「まだ、祝うなんて一言も言ってねーだろ！？」
「あっ……て言うか、本音と建前間違えた逆だ。
　美崎がバイトしてる店でパーティやるみたいだから一緒に行こう。
　これで、どう？（チラッ）」
「どうって言われても遅いだろ。手遅れだよ」
「その店、夜はバーなんだけど、年代物のグランドピアノがあるんだって」
「ピアノ？　へぇ……」
　ちょっと興味を惹かれた様子の霧生である。彼は芸術科音楽専攻のピアニストなのだ。
「霧生こないだ、僕のためにピアノを弾きたいって言ってたろう？」
「お前のためにとは、一言も言ってねぇ（ビキビキ）」
「まあいいや、用件は伝えたからね。あぁっ、当日が楽しみだなあ！　待ってるよ！」
「おい、行かねーからな！　俺は絶対に行かねぇからな！」


【桜花寮：時枝香苗の部屋】

　そしてパーティの当日、時枝 香苗もまた、エルデストに友人を誘っていた。電話の向こうの相手は、いつも世話になっているロシア料理店の店員、オリガ・ドラグノーヴァだ。
「……ええ、食べ放題飲み放題の貸し切りパーティだそうで。
　差し入れ？
　ええ、たぶん大丈夫だと思います。迷惑にはならないと思いますよ？」
『クフフ♪　じゃあ僕も、エルデストではしゃがせてもらおうかなあ！
　後でいっぱいロシア料理を持っていくから、
　ナーシャは先にパーリィに行っててえ。よろしくねえ！』
「分かりました、オリガさん。では、向こうでお待ちしておりますね」
　電話を切って、着替えと身支度を始める香苗。セミロングの髪に丁寧にブラシを入れながら、鏡に映る自分の姿を見て、ふと思う。
（それにしても、光陰矢の如しと言いますが。
　不思議なことに、年を取ったという実感があまりありませんね）
　１５歳だった先日までの自分と、１６歳の今の自分とでは、いったい何が違っているのだろう？
　いつものように習慣でポケットに入れようとしたストップウォッチを、ふと思い直してテーブルに置く。
（……いえ。せっかくの祝いの日、今日ばかりは時間に縛られず楽しみましょう）
　そうしてぱたんとドアを閉じ、香苗はシーサイドタウンの会場に向かうのだった。


【桜花寮：蜂須賀ルドと霧谷朧の部屋】

「今日はよ、ばーで６月生まれのぱーてぃーがあるらしいじゃねぇかよ。
　おぼろは６月生まれだよにゃー」
　買い物から帰ってきた蜂須賀 ルドが荷物を置き、２人の部屋を見回した。けれども、ルームメイトの霧谷 朧の姿が、どこにも見当たらない。ただ、窓に並んだ２つのてるてる坊主が、風に揺れているばかりだ。
「窓も開けっ放しでおぼろのやつ、どこに行きやがった？、だぜ」
　ベランダに出て、キョロキョロと外を見回す蜂須賀。ばかでかいその着ぐるみの頭部がコツンと当たって、てるてる坊主たちがくるくる回る。ピンクのネコの頭をしたてるてるねこはこの６月、彼の着ぐるみに湿気がこもるのを心配して、ルームメイトが作ってくれたものだ。
　けれども、その霧谷が、ここにはいない。
「おぼろのことだからよ、自分のたんじょーび忘れてんじゃねーかー？、だぜ」
　もう１体の上げ髪のイケメンてるてる坊主を手に取り、それから買ってきた荷物の方を振り向く蜂須賀。
「仕方ねぇからよ、探してぱーてぃーに連れてってやるか、だぜ。
　どうせまたかくれんぼだろーだぜー。
　俺はよ、かくれんぼで負けたことねぇんだぜ。絶対見つけてやるぜ」
　

【星ヶ丘の薔薇園】

「そういや……もうそんな時期か……」
　霧谷 朧は、薔薇園の園内を独り、彷徨っていた。薔薇は６月の誕生花だ。その水気を含んだ花弁に手を伸ばしながら、けれども霧谷の心は晴れない。
「はぁ……なんかこの時期になると気が重いさね……嫌なことばっかり思い出して……」
　この薔薇園には、良い思い出がある。ここに来れば、少しはこの気持ちも楽になるかと思ってやって来たのだったが、けれども彼の心を捉えるのは、最近くり返し見る夢のことばかり。
　１２年前の６月、霧谷は施設に預けられ、以来生みの親から離れて育った。
　今の両親は養子縁組だが、彼の友人たちはそのことを知らない。

（施設に入ったあの日、まってもまっても親はこなくて……）
　本当はどこか分かっていた、必ず会いにくるなんてうそだって。
（俺のことを悲しそうに見ているようで見ていない２人の顔……）
　びっしょりの汗をかいて跳び起き、ルームメイトにばれないようにその荒い息を押し殺す、ここ最近の寝苦しい夜の続き。

「あーもうやだやだ！」
　知らず、薔薇を引き千切りそうになっていた自分にハッと気付いて、慌てて立ち上がる。
「じめじめしてるからこんなことばっか思いつくんだな！
　気分転換しないと……って、んあっ？」
　その薔薇の垣越しにぴょこんとのぞく、見覚えのあるピンクの着ぐるみを見て、呆気にとられる霧谷朧。
「ルド……何やってるんよ、こんな所で」
「あっ、やっぱりこんな所にいやがりました、だぜ！」
　その巨大なネコ頭・蜂須賀 ルドが、こちらを見つけて頭からタックルしてきた。
「にゃーにやってんだおぼろー！　おめー誕生日だったろうがよ（ずどーーん）」
「って重い重い重い！　誕生日……？　あ、そうか。すっかり忘れてたんよ」
「ぱーてぃー行くぜ。ぱーてぃー」
「パーティ？　別に俺はそういうのいい……ってわかった、わかった。行くよ」
　有無を言わせず、ぐいぐい腕を引っ張るルームメイトに早々に根負けして、エルデスト行きを承諾する霧谷。
「でもルド、よく俺がここにいるって分かったんよ？」
「ネコちゃんをなめんなよ、だぜ。おぼろの行きそうな所ぐらい、俺にはいつでもお見通しなんだぜ」
「そっか……」
「それになんてったってよ、シンユウだからよ。
　ちゃんとおぼろのたんじょーび祝ってやらねぇとにゃー、だぜ。
　もちろんよ、ぷれぜんともちゃんと用意してんだぜ？」
　と片手の荷物を、掲げて見せる蜂須賀。それは寮に戻る前に彼が買い物していた、あの大きな荷物だ。
「そっか。……ルド、ありがとな」
　それは、プレゼントに対してだけの感謝ではなかったけれど。
「おう、びっくりさせてやっからな、後でちゃんと喜べよだぜ」
　ずんずんと霧谷の腕を引き、目の前を歩いて行くネコの後頭部を、目を細めて眺めながら。
　その危なっかしいシルエットがふと、彼が作ってやったあの、てるてるねこの姿に重なる。

（おぼろー、てるてるぼうずでも作ってよ、何とかしてくれよー）

　その等身大のてるてるねこが１歩ずつ、霧谷の心を晴らしていく。