●雨宮校長のバースデイ●


【寝子高北校舎３Ｆ：校長室】

「「校長先生、ハッピーバースデイ！！」」

　６月２６日の放課後のこと。元気いっぱいの声にドアを開けると、雨宮 草太郎校長は、そこに並んでいる生徒たちを笑顔で迎え入れた。
「チャオ♪ 　やあ、よく来てくれたね、みんな。さあ、入って入って」
「わわっ、失礼しまーす」
　と入ってきた天馬 ひびき、後木 真央、神野 美野梨、猫村 翡翠、綾辻 綾花、恵御納 夏朝ら６人の少女たちを、校長室で遊んでいた仔猫たちも、「にゃーん」と振り向きお出迎え。
「にゃにゃっ？　こしあん、ずいぶん大っきくなったんだねっ」
　うち１匹は、天馬 ひびきが名付け親なのだ。黒い仔猫をひょいと抱き上げ頬ずりするひびきと、あと普段から猫まっしぐらな後木 真央の方も、すでに完全ににゃんこに気を取られてしまっている。
「にゃふっ、癒しの校長センセに癒しグッズ〜ハピバなのだ」
　真央がネコ系文房具、ひびきがクッキーを贈って、それぞれ校長先生に頭を撫でられると、たちまち仔猫と遊びだしちゃう２人。でも、それを咎める人なんていない。猫好きなのは、他の４人だって同じなのだ。ぐぐっと猫たちの方に傾く身体を支えて、でも、もうちょっとだけ我慢がまん。
「校長先生……お誕生日、おめでとうございます！」
　仔猫たちの方を見たいのを我慢しすぎて、ちょっと面白い顔になっている恵御納 夏朝が、それでも真面目に校長に手渡したのは、２枚のハンカチの贈り物。
　紳士用のシンプルな縞模様のハンカチと、それから、あちこちに小さな仔猫がころころしている、仔猫柄のハンカチのプレゼントだ。
「やぁ、これは可愛らしい」
　広げたイラストの１匹を見て校長先生、
「このブチの子なんて、イーピンそっくりだと思わないかい？」
　ひらひらハンカチに興味津々のそのイーピンが、キャットタワーからちぇいちぇいと猫パンチ。その様子を夏朝と一緒に、にこにこと見守りながら、
「ありがとう恵御納君、２枚とも大切に使わせてもらうよ」
（よかった……よろこんでもらえて）
　いつもオシャレな校長先生に、どんなハンカチが似合うか迷ったけれど、選んだ甲斐があったと思う夏朝だ。
　一方、次に順番を待つ猫村 翡翠は、いざとなると心配になって、隣りの神野 美野梨に耳打ち。
「これ、賄賂とかではない……よね」
「ふふ、そんな心配は要らないと思いますけれど、
　でもよかったら、いっしょに渡しに行きましょうか？（にっこり）」
　ということで美野梨に付き添われて、翡翠が贈ったのは駄菓子の詰め合わせセットだ。
「「校長先生、おめでとうございます」」
　それに美野梨が、几帳面な書体で書かれたバースデイカードを添える。
「やぁやぁ、これは懐かしいものを頂いたな」
　目をキラキラさせて駄菓子を机の上に広げる校長、
「これは君のお店に置いてる、お菓子なのかい？」
「うん、あっ、いえ。正確には、あたしの居候先の駄菓子屋ですけど」
「それにこちらのカードは、飼育小屋の鶏とウサギだね？」
　美野梨のバースデイカードに添えられているのは、生物部が世話をしている、鶏とウサギのイラスト。デフォルメではなく、羽毛やヒゲの１本１本まで分かるような、ていねいな模写である。そして几帳面な書体で書かれた〈Happy Birthday〉のメッセージ。
「どうもありがとう。いつも世話をしてくれている、君たちの愛情まで伝わってくるようだよ」
　そして最後に、綾辻 綾花からのプレゼントは、手作りの蝶ネクタイだった。
「校長先生、誕生日おめでとうございます！」
　それも、紅白のと七色の２種類だ。
「やあ、これはすばらしい」
　さっそく七色の方の蝶ネクタイに付け換え、みんなに見せびらかしてご満悦の雨宮校長。ド派手なレインボーカラーも、この柔和なおじいちゃんが付けると、何故か妙に似合うから不思議だ。
「紅白の方は、お祝いごとに使わせてもらうとしようか。楽しみだなぁ」
「あと猫ちゃん用に、お揃いのも作ってきました」
「なんと！」
「うわあ、これ……可愛いなあ……！」
　綾花をわぁっと囲んで、ミニミニ蝶ネクタイを手に取る、恵御納夏朝たち。みんなで校長の許可を取って仔猫たちに付けてやり、綾花もトロフィーの中で丸くなっていたユキを見付けて、そっと抱き上げる。
「生後３ヶ月と聞いてますので、人間で言えば５歳ぐらいでしょうか？
　この子はまだおとなしいですね」
　持参した猫メモに、仔猫たちの成長を記録しつつ、首のリボンをいったん解いてやる。ピンでは怪我をしてしまうから、蝶ネクタイはリボンに直接縫い付けてあげて、はい完成。
「にゃーん」
　トロフィーに戻されると、尻尾をぱたくりさせて、ちょっとおすましのユキ。そんな猫と生徒たちの様子を微笑ましく見守りながら、校長先生が改めてみんなにお礼の言葉を述べた。
「さあ、本当に今日はよく来てくれたね。
　私もこれで６３歳。孫ほども年の離れた君たちにこんなに祝福されて、私は幸せ者だよ。
　今日はどうか、ゆっくりしていってくれ……そうだ、猫村君。
　せっかくだから、さっき頂いたお菓子、ここにいる皆で食べてもいいかい？」
「うん、もちろん」
　ということで、酢ダコやソースせんべい、串カステラにチョコもなか……カラフルでキッチュな包装の駄菓子を分け合って、その後も生徒たちは校長室で楽しい時間を過ごすのだった。


　陽もずいぶん傾いた頃、最後に猫村 翡翠の提案で、今日の記念写真を撮る一同。
（なんだか、平凡で在り来たりで、押しつけがましいかもしれないけれど……
　でも、その時のことは、その時だけだから）

　夕焼けの窓をバックに切り取られた、その時の笑顔は。
　雨宮校長を囲む、６人の少女と猫たちの写真として、その後も永く校長室に飾られることになる。