●プロローグ●


【桜花寮３Ｆ：夢宮瑠奈と七音侑の部屋】

「瑠奈おっはよー！！」

　ぱんっぱぱぱんっ☆

「ひゃうぇっ？？」
　今日もフツウの１日が、始まるはずだったけれど。その朝は、ちょっぴりいつもと様子が違っていた。紙吹雪や紙テープを頭から浴び、まだベッドの上で呆然としている夢宮 瑠奈に、
「そしてハッピバースデー！」
　逆さまの七音 侑が、空のクラッカーを手に笑い返す。２段ベッドの上からぴょこんと顔を出している、そのルームメイトをぼんやり見上げながら、
「はっぴばーす……へ？　は？　えっ……？」
　寝起きで回っていなかった瑠奈の頭が、ようやく今日に追いついてきた。
「あっ……！」
　そうだ、今日は６月１８日。自分の１６歳の誕生日なのだ。
「にゃはは、驚いた？　
　ちゃーんとプレゼントだって用意してるんだに♪」
　２段ベッドから身軽に跳び下りると、可愛らしくラッピングされたプレゼントを「はいっ♪」と差し出す七音侑。中身は、お菓子のデザインをあしらったシュシュとヘアピンだった。
「わぁあ……侑ちゃん、ありがとー！」
　むぎゅう、とルームメイトを抱きしめる瑠奈、
「いま付けてもいい？　いいかな？」
「うにっ、もちろんだに！」
　鏡に向かう瑠奈の寝ぐせ髪に、ていねいにブラシを入れてやりながら、思い出すように侑が語りかける。
「瑠奈と一緒にこの部屋で、生活しはじめて３ヶ月……」
　鏡の中の友人の顔を見つめながら、瑠奈もまた、最初の出会いから今日までのことを思い返す。
　いっしょに川の見えるこの部屋に決め、それからきれいに掃除をして。
「瑠奈、最初はベッドがタテに並んでるって、不思議がってたもんに♪」
「あはは……」
　そんなお嬢様だった瑠奈も、今ではすっかりこの桜花寮の部屋に馴染んだ。お互いの予定をホワイトボードに書いて、代わりばんこのご飯当番。……のハズが、わりと寝坊するルームメイトのために、お弁当も２人分作ってあげて。遊び疲れて帰ってきたら、おかえりなさいと言ってあげて。
　そんな、くり返される日々のフツウ。
　ささやかな、けれどかけがえのない、毎日。
「できた！　瑠奈、よく似合ってるに〜！」
　シュシュでひとつ結びにサイドの髪をまとめて、前髪をヘアピンで留めたルームメイトに、「にゃはっ♪」と頬ずりする侑。鏡の中に並ぶ、そんな笑顔の２人を見つめながら瑠奈は、

（１６歳。
　冒険に出るわけでもないし、王様にもあわないけれど。
　でもだからこそ、あたしはこんなフツウが何より貴くて）

「この３ヶ月、色々あったけど、ウチはとっても楽しいの！
　これからも仲良く暮らそうに！」
「うんっ。これからもよろしくね、侑ちゃん！」
　──もういちど大切に、そのかけがえのない友人を抱きしめるのだった。


【桜花寮１Ｆ：玄関】

　そして、桜花寮に夢宮 瑠奈を訪ねてきた友人が、もう２人いた。
　猫鳴館からやって来た後木 真央、そして旧市街に住む少年・御剣 刀だ。桜花寮の入り口で待ち受けていた２人を目ざとく七音 侑が見つけて、
「あやっ？　もしかして２人も？」
「瑠奈ちゃんハピバなのだ癒しの猫系グッズ詰め合わせなのだ！」
「わっ。まおちゃん、ありがとー！」
　ダッシュで駆け寄ってきた真央に目を丸くして、プレゼントを受け取る瑠奈。開けてみれば中身は、猫のプリントやマスコットの付いた、ファンシーな文房具の数々だ。
「癒しのおネコさまに囲まれて、これで授業中もパラダイスなのだ！」
「あはは、まおちゃんらしいね。うれしいな、大事に使うね」
「夢宮、誕生日おめでとう。俺からは、これを……似合うかどうか分からないが」
　ぶっきらぼうに差し出した御剣のプレゼントは、桜色のリボンだった。
「以前、水族館で一緒に遊んだ時、ムーンストーンのブレスレットをくれただろう？
　その代わりというわけでもないんだが……、貰ってくれると嬉しい」
　そう控えめに言いながらも、彼は一生懸命に選んだのだろう、瑠奈の淡い茶色の髪にはよく似合う。
「それに夢宮は、アイドルを目指してるんだろう？
　俺も応援してるから。何か人手が必要な時には協力するから、声をかけてくれよ」
　思わぬ応援の言葉に、目を丸くする瑠奈だったが、そういえば自分もアイドルになりたいと宣言したあの時、299カフェにはこの御剣刀も同席していたのだった。
「うん……ありがとう、御剣くん。えへへ……」
　彼女の夢を、応援してくれている人たちもいる。その事実に少しだけ涙ぐみながら、そっとプレゼントのリボンをにぎりしめる瑠奈だった。


「あ、そうだ。これみてみて！」
　全員がプレゼントを渡し終わった後、思い出したように七音 侑が、ポケットから楽しげなチラシを取り出した。横から覗き込んだ夢宮 瑠奈が、
「へぇ……エルデストっていうお店で、誕生日パーティ？」
　シーサイドタウンにあるこのカフェ&BARの店で、今月６月生まれの人を祝う、貸し切りの誕生日パーティが催されるのだそうだ。バイキング形式で、食べ放題飲み放題。自家製スイーツや色んな手料理が振る舞われるらしい。
「このお店ね、ウチの知り合いのお兄さんが働いてるお店なの！
　みんなでお祝いしたら絶対楽しいに！　だから瑠奈も一緒にいこ！」
「真央ちゃんも、このお誕生日会のこと聞いたのだ。
　美崎ちゃんセンパイもバイトしてる店なのだ、それに蓮ちゃんも参加するってゆってたのだ！」
「ああ、そういえば森も今月、誕生日だったか」
　猫鳴館を訪ねたり事件の際によく見かける、菩薩顔の知り合いを思い出し、ふむ……と少し思案げな顔になる御剣 刀。瑠奈の方も、パーティへのお誘いを侑に快諾しながら、
「そう言えばみわちゃん先生も、あたしと同じ、今日が誕生日なんだよねぇ。
　一緒に楽しもうよ、ってこれから誘ってみようかな……？」