●誕生日パーティ！●


【カフェ&BAR　エルデスト】

「さあ、今日は思い切り楽しんでいってチョーダイねん！」

　店長・姉小路 ネイサンのその歓迎のハスキーボイスに、開店を待ち受けていた人々が、口々に挨拶を交わして店のドアをくぐる。
「美崎おねいさんハピバー！」
　まず真っ先に、店員の美崎 岬の胸に飛び込んできたのは、頭に大きなリボンを結んだ、天馬 ひびきだ。
「あらま、可愛い女の子！　いらっしゃいひびきちゃん、どうしたの、そのおリボン？」
「うふふー（すりすり）」
　岬をぎゅってハグして、その頭を擦り付けていたひびきが、パッと顔を上げ、
「あのね、あのねっ。おねいさんにはひびきをプレゼント！」
「まあ、可愛いらしい……！」
　感激してそのプレゼントを抱きしめ返す岬、
「美崎ちゃんセンパイ、真央ちゃんからもハピバなのだ！」
　また、ひびきと一緒にやって来た後木 真央からも、薔薇ジャムとポプリのプレゼントを貰って、まとめて２人を抱きしめる。岬もネイサンと同じく、この６月が誕生日なのだ。これで１８歳になった岬は、
「愛しい皆と一緒に過ごせるなんて、今日はなんて素敵なのかしら！
　ひびきちゃん、真央ちゃん、どうぞ楽しんでいって頂戴ね！」


　その後から今日の主賓たち、今月誕生日を迎えたお客さん達が、続々と入店する。晴海 飛鳥、六月一日宮 檸檬、北 玄、神野 美野梨、時枝 香苗、霧谷 朧、ロベルト・エメリヤノフら、そしてすでに店内にいる笹森 清真も、６月生まれだ。
　また彼らのお祝いに駆けつけたのは、花風 冴来と花風 ももの姉妹、神無月 文貴、蜂須賀 ルド、そして先の天馬 ひびきと後木 真央の２人に、七音 侑。
　何人か来店が遅れている者もいるようだが、この時点で店内はもうスタッフ３人も含めて、祝福される者、する者たちの熱気でいっぱいだ。
「うおっしゃあっ！　ただで飲み食いできるとあっちゃ来るしかあるめえ！」
　さすがにタダということはないと思うが、エルデスト夜の常連客・神無月 文貴は、いきなりテンション上がりまくりである。やたらと目立つ着ぐるみ頭の蜂須賀 ルドと出くわして、
「って、ぬおっ？　何だ、たぬきの仮装か……びっくりさせやがって」
「たぬきじゃねぇぜ、猫ちゃんだぜ」
「何だと、ンならこっちは赤斑壱号の魚拓だ！（どやぁ）
　そのでかい目ン玉ひん剥いて、とくと拝みやがれ！」
　自慢の鯉の魚拓をずいと突き出し、ナゾの対抗心を燃やす文貴である。
　その隣りで霧谷 朧の方は、スタッフに美崎 岬の顔を見付けて、
「あ、美崎さんもいるじゃん。美崎さんも６月生まれだったんだなーおめっとさん」
「朧ちゃんも来てくれたのね、うれしい！」
　その霧谷をどーーんと押しのけ、横から割り込んだ北 玄が、
「今日は警察に追われないよう、ちゃんと服着て来たですよ、美崎さん！」
　と岬に向かって、渾身の着衣アッピール。
「得意の女装じゃないですよ！
　タッセル・ローファーが似合う、カジュアルなメンズ・ファッションですよ！」
「まあ玄さん、うふふ。とってもよく似合ってますよ」
「美崎さんに褒められたですよ！　すごくすごく嬉しいですよ！
　家族を質に入れて服を着て来た甲斐があったですよ！」
　服を着ているだけで、何でそんなに自慢げなんだ。あと彼のご家族の安否が心配です。
　会場の華やかな雰囲気に、ちょっともじもじしていた花風 ももは、「ほら、もも」と姉の花風 冴来に背を押されて、持参のマカロンタワーを店員に渡す。
「わわっ、これはすごいね」
　受け取った檜山 立樹もほれぼれと感心する、見事な出来映えだ。てっぺんに向かってパステルカラーのグラデーションになっており、
「全部食べられるように、土台はロールケーキで出来ているのよ」
「どうもありがとう。皆で食べてもらってもいいのかな？
　店内の目立つ所に置かせてもらうよ」
「あっ、じゃあ俺もコレ！」
　と六月一日宮 檸檬が差し出したのは、彼お手製のレモンのはちみつ漬けとレモンクッキーだ。
「誕生日の人に食ってもらえたら嬉しいな。
　レモンを使った料理なら、まぁそれなりな腕あるから美味いと思うぜ！」
「あはん、じゃあアタシも頂いちゃう！」
　身をくねらせて寄ってきた姉小路 ネイサンが、ひょいぱくで摘み食い。
「あっ、マスターも６月誕生日なんすね、おめでとーございまっす！」
「いやん、どっちも凄く美味しいじゃないのん！
　これ、紅茶なんか欲しくなるわね」
「あっ真央ちゃんそれなら、修ちゃんから貰ったアレがあるのだ！」
　薔薇ジャムの小瓶を誕生日の人に配り歩いていた後木 真央が、例のシルバーニードルズの茶葉を添えて出す。そこに天馬 ひびきもやって来て、
「ひびきも、作ってきたクッキーがあるよ！　はい、店長さんにもプレゼント！」
「いやん、うれしい！　ほら、立ってないで檸檬ちゃんもいっしょに頂きましょ？
　さっそくお紅茶、お紅茶……」
「あ、店長は座っててください。店長だって祝われる立場なんですから」
　と檜山が人数分の紅茶を淹れてやり、やがて、ほぅ……とカップを両手に、幸せな湯気とため息に包まれる一同だ。ダージリンに真央の薔薇ジャムをブレンドしてやれば、ジャムの甘さもローズの香りも楽しめる、ロシアンティーのできあがり。
　そのテーブルに花風冴来と、ももの姉妹もやって来て、
「マスターさん、お誕生日おめでとうなのよ〜」
　と妹のももが、綺麗なグラスをネイサンに贈る。
「あらん！　ありがとう、ももちゃん！」
　一方、姉の冴来の方は、
「そういえばネイサンも誕生月だったかしら。
　私すっかり忘れていたわ。
　今度好みにあいそうな男を紹介するから許して頂戴ね」
　その隣りでえっ……と冴来を見て、
（忘れてたなんて、姉様どうして嘘を……？）
　だってマスターさんへのプレゼントは、姉も一緒に選んでくれたのだから。
　不思議そうに首を傾げる、もも……。


　一方で、まだ会場の雰囲気に、すぐには馴染めていない者もいる。
　先ほどから店内をキョロキョロ見回しているのは、ロベルト・エメリヤノフなのだが、
「やっぱり、霧生は来てないのか……」
　ああして誘ってはみたものの、あの反抗的な少年が自分を祝ってくれるとは、本気では信じていなかったこのロベルト。
「うん、いいんだ。割りきって、今日は楽しもうっと」
　と友人たちにプレゼントを渡しに、話の輪に混ざっていく。
　また時枝 香苗の方は、友人が遅れて来ると事前に聞いてはいたので、落ち込むようなことはなかったものの、他に見知った顔が見つからずに、ちょっぴり二の足を踏んでいるところだ。
「素敵なお店ね……時枝さん、こんにちは」
　けれど、ふと声を掛けられ振り向けば、そこにいたのはクラスメイトの神野 美野梨。
「あら奇遇ですね」
　しかしよく考えれば、ここのパーティの噂を美野梨に伝えたのは、自分なのだった。お菓子の取り皿を勧めてくる美野梨に、素直に礼を述べて受け取りながら、
「そうでしたね。あなたも今月が、お誕生日でしたね」
「私は、ここに来れば、時枝さんに会えるんじゃないかと思って」
「私に？」
　思わぬ言葉に、ちょっとびっくりする香苗だ。
「あの時、天馬さんや後木さんから、クッキーを頂いたでしょう？
　私は、自分の誕生日にはあまり興味はなかったのだけど、
　でも、おめでとうと言ってくれる人がいれば、うれしいものなんだって、あの時に分かって。
　だから、今日は思い切って」
　そこで美野梨は、香苗の名前の入ったバースデイカードを彼女に差し出す。
「えっ……？」
「ちょっと遅くなってしまったけど、
　時枝さん、お誕生日おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます。神野さん……」
　カードを開けばそこにはイラストの猫と、几帳面な字で書かれた〈Happy Birthday〉のメッセージ。
「高価なプレゼントではないし、
　可愛いイラストじゃなくて模写だから、気に入ってもらえるかわからないけど……」
「いいえ。神野さん、嬉しいです」
　そう、おめでとうと言ってくれる人がいれば、素直にうれしい。
　それをたった今、実感している香苗なのだった。
「あちらのテーブルに、天馬さんや後木さんたちもいるわ。
　私たちも、お茶とケーキをご馳走になりに行きましょう？」
　微笑む美野梨に、
「ええ……こうやって誰かと誕生日を過ごすのも、悪くないものなのですね」
　そう頷き、こうして時枝香苗も、笑顔の人々の輪に加わっていくのだった。