●久保田先生のバースデイ●


【寝子高南校舎１Ｆ：１年４組の教室】

「ひびきのハピバテロ大作戦！」
「なのだ〜！（チャッチャッチャッチャ♪）」

　その日の放課後。特殊工作班員チックなテーマ曲とともに、突然ドアを開けて教室に入ってきた２人組が、「いたーっ！」と綾辻 綾花の方を指差した。
「にゃっ、６月生まれさんをここにも発見だよ！」
「えっ？　私……ですか？」
　２本のアホ毛をダウジングのようにゆんゆんさせて、ためらいなくこちらにやって来る天馬 ひびきを、驚いて見返す綾花。
「お誕生日おめでとう！　おめでとう！（ぎゅっ）」
　全身でハグされて、その人懐っこい距離感にびっくりする綾花だったけれど、続いて「はいっ」と差し出されたプレゼントを受け取ってみれば、それは数字の形をしたクッキーだった。ラッピングされたマフィンカップいっぱいに詰まった、６と９の数字。
「あっ……６月９日。私の誕生日……？」
　にぱっと笑い返すひびき、
「あら後木さん。今日はどうしたん……えっ？　プレゼント？」
「私にも頂けるんですか？　これはどうも、ありがとうございます」
　その声に振り返れば、同じクラスの神野 美野梨と時枝 香苗も、ちょこまかと走り回る後木 真央から同様に、数字クッキーを手渡されている。
　美野梨が６・１・６で、香苗が６・２・２。それぞれ、美野梨の６月１６日、香苗の６月２２日の誕生日を示しているのだろう。ひびきたち、何か電波的なもので６月生まれをサーチして来たのかと思いきや、きちんと２人で調べてきたというワケだ。見ているだけでウキウキ楽しくなってくる、ポップなクッキー。
「自分の誕生日には、あまり興味はなかったのだけれど。
　でも、おめでとうと言ってくれる人がいると、うれしいものなのね」
　と美野梨が、ひびきと真央に礼を述べれば、普段は落ち着いている香苗の方も、年頃の女子高生らしい笑顔をのぞかせて、
「私もです。今年は、お世話になっている人とパーティに参加する予定だったのですが、
　こういうサプライズも悪くないものですね」
「あら、パーティって？」
「ええ、何でもシーサイドタウンのカフェで、貸切パーティがあるとかで……」
　ここでも、エルデストのパーティが噂になっているようだ。
　一方で後木真央の方は、この間に隣りの３組のお友達にも自分のプレゼントを渡してきたようで、晴れ晴れとした笑顔で、
「これで１年生の６月生まれさんは、全員大作戦したのだ！」
　ひびきと真央、何とこれを全クラスやってきたらしい。
「あとはみゃーちゃんセンセーと校長センセにも、ハピバテロなのだ！」
　それを聞いた綾辻綾花が、
「みわちゃん先生にも、プレゼントを渡すんですか？
　実は私も、これから職員室に行こうと思っていて」
　とクラス担任に渡す、プレゼントの包みをカバンから取り出して見せる。
「あのっ……じゃあ僕も、いっしょに行ってもいいかなぁ」
　その聞き覚えのある声に綾花が振り向けば、同じ１年４組の恵御納 夏朝が、もじもじと教室に立っていた。
「じゃあ、もしかして夏朝ちゃんも？」
　こくりと頷く夏朝。
「久保田先生には、いつもクラスでお世話になってるし。
　その、プレゼントを贈るタイミングを、ずっと待ってたんだけど……」
　いつ渡そうか、そわそわと迷っているうちに、結局こんな放課後になってしまったのらしい。
「うん、いいよ！　じゃあこれから皆でいっしょに、美和ちゃん先生の所に押しかけよーっ！」
　二つ返事で天馬ひびきが快諾し、こうして綾花、夏朝、ひびき、真央の４人が、その足で職員室に行くことになったのだった。


【寝子高北校舎２Ｆ：職員室】

「（ガラッ）せぇーのっ、美和ちゃん先生「みゃーちゃんセンセー「みわちゃん先生「久保田先生、
　ハピバー！」ハピバなのだ！」誕生日おめでとうございます！」……ご、ございますっ」

　４者４様、バラッバラの少女たちの声が響き渡り、職員室中の先生たちが、思わずぷっと苦笑してドアの方を振り向く。その中で１人、「うひゃぁ！」と頬杖を外して跳び上がった久保田 美和先生が、
「わわっコラコラコラコラ、あんたたちぃー！
　うぅ……またアラサーに１歩近付いたって、人がユーウツになってる所にぃっ」
　ぷんすか両手を振り上げ、怒りだすのかと見せかけて……がばっと４人の少女たちを、まとめて抱き寄せる。
「くうー！　嬉しいこと言ってくれるじゃんか！　みんな、ありがとー！　ありがとー！」
　ちょっと眼鏡を外して涙ぐむ、美和ちゃん先生の感激っぷりったらない。
　そして先生が席に座り直して落ち着いたところで改めて、天馬 ひびきが例のクッキーと、後木 真央がネコ系文房具のセットを、それぞれ贈る。
「美和ちゃん先生の２８歳にハピバハピバー！」
「ギャーやめてひびきちゃん！　ソコあんまり強調しないでぇ！」
「みゃーちゃんセンセーまた失恋したと聞いたのだ癒しで頑張れなのだハピバなのだ」
「誰に聞いたっ？　こら真央ちゃん、誰に聞いたのっ？（ガクガクと揺すぶり）」
　そんなやり取りを見て恵御納 夏朝も、慌てて贈りに行きそうになるけれど、順番を待っている綾辻 綾花の姿を見て、少しだけ後ろで我慢。
（うん、僕は最後でいいもの。渡すなら、他の人の用事が終わってから……）
「みわちゃん先生、誕生日おめでとうございます！」
　そんな綾花のプレゼントは、紺色のリボンの付いたヘアゴムと、黄色い花の付いたヘアゴムのセットだ。
「鏡を持ってきてますので、良かったら、髪に付けて見てみて下さい」
「わあっ、これ……綾花ちゃんの手作りなんだ？」
　付け比べてしきりに鏡をのぞき、感心する美和ちゃん先生。
「お花の方はビタミンカラーで可愛いし、あっちょっと、顔色も良く見えるし！
　リボンの方は……ふふっ、どうかな？（おすましポーズ）」
　感想を求められて夏朝がおずおずと、
「先生、いつもより何だか、大人っぽく見えるかも……」
「大人っぽいかあ！　そっかぁ私も２８だもんね、そろそろソッチの路線で攻めてみるべき！？」
　そこに遅れて夢宮 瑠奈もやって来て、
「みわちゃんせんせー！　おたんじょうびおめでとー」
　とこちらも笑顔でお祝い。瑠奈が差し出したプレゼントは、花の髪留めだ。
「わわっ、こっちも可愛い！　迷うなあ！　今度の合コン、どれを付けて行くべき？」
　やっぱり合コン話になるのだった。苦笑して綾花が、
「年下の私が言うのも失礼ですけど、みわちゃん先生可愛いんですから、
　もっとお洒落してより可愛くなってほしいです」
「うぅ……努力するよ」
　ちなみに、瑠奈がその流れで誘ったエルデストのパーティの方は、「何日？……惜しい！　ちょうどその日が合コンなんだ〜」という理由で、残念そうに断られてしまった。エルデストの方にだって、大人の出会いはあるんじゃないかなぁ、と思う瑠奈だったけれど、次の合コンに賭ける先生の、並々ならぬやる気を目の当たりにすると、それ以上は何も言えなくなってしまう。
　そして最後に、ようやく恵御納夏朝がプレゼントを渡す番になった。
（いざ渡すとなると、緊張する……）
　もじもじしながらも、勇気を出して、思いが伝わるように。
「その……久保田先生……お誕生日、おめでとうございます！」
　リボンと包装紙のラッピングを大切そうに先生が開けると、中身は２枚のハンカチだった。１枚は、隅に猫が２匹刺繍された、薄い橙色のハンカチ。そしてもう１枚は、小さな兎が沢山ころころしている、薄紅色のハンカチだ。
「わ。わ。わあ〜、どっちも可愛いぞぉ！
　夏朝ちゃんも、ありがとう！　くうー！
　これで……これでまた男に振られても、いくらでも泣けるよ！　このハンカチさえあれば！」
「えっ、えっ……？」
「いや先生？　夏朝ちゃんも、そんなつもりで贈ったんじゃないと思いますよ？」
　綾花のツッコミに、どっと笑う一同。
「だってさぁ、聞いてよ綾花ちゃん、みんなも！　こないだだって私がねっ、」
　思うようにいかなかった失恋話を、また始める美和ちゃん先生に、今日ばかりは根気強く、生徒たちも付き合ってあげるのだった。