寝子島の風にのって、ほーわほわ｜リアクション

寝子島の風にのって、ほーわほわ

　清々しいような青空の向こうに、ノイシュヴァンシュタイン城の美しい尖塔が見える。
　神薙焔は、猫を思わせる目にその光景を映すと、ふっと目元を和らげた。
　そのまま、皿に乗せたヴルストをフォークに刺し、口に運ぶ。
　ふわりとした食感に、爽やかな香りと肉の旨味がじゅわりと重なれば、口元が勝手に緩んだ。
「……うん。本場のヴルストはやっぱり美味しいわね」
　口の中に広がるドイツの味、それに、吹く風、辺りを満たす空気感……。
　そのどれもが、ドイツ暮らしの経験がある焔には何とはなしに懐かしく思われた。
　となれば、心が自然、解けるように弾み出すのも仕方がないこと。

「よーし！　まだまだ楽しんでいくわよ！」
　さあ、次は何を食べようか？　何をしようか？
　青いディアンドルの裾が、風を含んで、歌うように広がった。

「「かんぱーい！！」」
　深林真瞭と深倉理紗子、２人分の声が仲良く重なり響き合う。
　大きなグラスの中では、ビールの黄金と白い泡が踊っていた。
　気を抜けば、零してしまいそうな程の量だ。
　けれど、もし溢れてしまっても、それすらも２人の笑顔の種になるだろう。
　真瞭の瞳の黒に、理紗子の瞳の緑。
　理紗子の瞳の緑に、真瞭の瞳の黒がそれぞれ映れば、互いにくすりと笑みが零れる。
　そのまま笑いが止まらなくなるのは、非日常の解放感からか、ドイツの美味しいビールのせいか。
「まーちゃん、そんなに笑わなくっても……！」
「りさちんこそ、ちょっと笑いすぎじゃない？」
　ごめんごめんと、理紗子は、目元の涙を指で拭った。
　悲しいことがあったわけではなくて、真瞭も口にした通りの『笑いすぎ』だ。
　一つ息を吐き、呼吸を整える。
「……ふふ。でも、笑いすぎは、わたし達２人ともでしょ？　ちょっと、苦しくなっちゃった」
「りさちん、苦しくなるにはまだ早いわよ」
「え？」
「私達、ドイツの味を、ビール以外にもたっぷりと味わわなくちゃなんだから」
　ふふりと胸を張り、ノイシュヴァンシュタイン城の方へと眼差しを投げて、
「観光やショッピングもいいわね」
　と、真瞭は瞳を輝かせた。

「りさちん、一緒にあれもこれも堪能しちゃいましょう？」

「うん。とっておきの時間にしようね、まーちゃん」
　当然よ、と応じた真瞭が、口元に華やかな弧を描く。
　理紗子も、つられたように、優しく目を細めた。
　２人一緒なら、素敵に欲張りな時間のわくわくだって、何倍にでも膨らむこと間違いなしだ。

「わ。このヴルスト、美味しい……！」
　ドイツ流のソーセージの味わいに、恵御納夏朝は焦げ茶の瞳を丸くした。
　そこへすかさず、

「夏朝、このジュースも美味しいよ！　もう飲んだ？」
　と、隣に座っている犬杜初が声をかける。
　そんな友人に、「うん、美味しかった」と夏朝は柔らかい笑みを向けた。
　夏朝の左手では、猫パペットのハルくんも、『美味しかった』と身振りでアピール。
　小さめのグラスを手にちょこちょこと動くハルくんの姿に、初が相好を崩す。
「ハルくん、可愛い！　あっ、可愛いと言えば、夏朝のディアンドル姿！　もう、すっごくよく似合ってる！」
「ありがとう。初ちゃんのも可愛いね。ブーツグラスも、何だかお洒落な感じ」
「でしょ？　……でも、結構量が多くて、飲み切れるかちょっとだけ心配……」
　むむむ、と少しだけ難しい顔になる初の様子に、夏朝と犬杜一閃は、寸の間視線を合わせ、小さく笑った。
　成人している一閃は軽くビールを嗜んでいるせいか、常よりも幾らか砕けた調子だ。
　真一文字に結びがちな口元を微かに緩ませて、明るい響きを帯びた声で言うことには。