柔らかな暖色の灯りを、先程まで優しく降り積もっていた雪が反射して、そこは夜でもとても温かい情景が広がっていた。少し離れた所には、この土地の伝統的な風情を感じられる木造の建築物が幻想的にライトアップされている――そんなフィンランド・サンタクロース村がすぐ側に見える近くの森にて。


「ふあー、気持ち良かったです……！」
　森の広場に並ぶフィンランド式サウナから、ラップタオルに身を包んだペルラ・サナーレが木製のドアをゆっくりと押し開けて外に出てきた。外に出た途端に、サウナの温度を感じさせる、むせかえりそうなほどの蒸気が、ペルラの背後から一斉に噴き上がっては外へと大きく広がっていく。
「寒かった外がこんなに気持ちよく感じられるんですね」
　全身がポカポカして心地良い汗も流れる中で、外の寒さもまるで気にならない。むしろ気持ちが良くてサウナハットで隠した羽耳も広げられたらいいのにとほんのりと思いながらも、そこはほんの少し我慢をしてみたり。


「そうね、来た時にはこんなに寒い中でと思ったけれども」
　サウナから出たばかりでは風もとても涼やかに感じられる。バスローブに身を包んだ汐崎 ハイエは、一足先にサウナから出て、傍の手すりに寄り掛かるとさっそく夜風を堪能していた。参加者の中で一番年長となるその姿には普段のクールさと共に、一際大人の色香が感じられ、肌が露わになるバスローブがとても良く似合っている。緩やかな風がハイエの整えられた髪を僅かに揺らして首筋を抜けていった。
　手にしたペットボトルの水の冷たさが心地良い。フィンランド式のサウナは、温まったら外で身体を冷やし何度も繰り返すのが慣わし。ハイエは手にしていた水でゆっくりと喉と身体の乾きを潤した。


「はっ、あそこにいるのは！」
　同じくサウナにてぽかぽかになりながら、一旦外に出て小屋の階段に腰掛けて寛いでいた薄野 五月が、はたとその驚きに声を上げた。
　その視線の先には、赤い帽子とその象徴とも言えるふっさふさの白髭を生やしたサンタクロースと、傍らで雪から僅かに覗いた草木の芽をもっそもっそと食べているトナカイの姿があった。
「ふっふ、これこそサンタクロース村の光景とも言うのでしょうか。ですが、サンタさんもサウナに入るのですねー」
　見れば確かにこの場にいるサンタクロース達も、上半身は裸でここのサウナを楽しんでは外に涼みに来ている。新鮮だが、とてもほのぼのとした微笑ましい光景に、五月の顔にも微笑が浮かんだ。


「みんな～、サウナストーブに使う薪を運んで来たよぉ」
　のんびりとした声が響く。そちらでは万条 幸次がダウンコートにファー付きのフード、黄色の厚手の手袋という完全装備で、薪を抱えて来たところだった。
　幸次の肩には、いつも一緒にいるハチワレ猫の花遊が乗っている。だが、猫の花遊にとってはこの寒いフィンランドの気候は中々に厳しい。震えながら相手と目を合わせるが、旅行先も一緒にいられる事が嬉しい幸次には少し伝わりそうにないのが悲しいところ。
　しかし今、皆の入っているサウナは、最近主流の電気ストーブ式ではなく、きちんと薪を焚いて温める伝統的なサウナの為、薪の補充は欠かせないのだ。これもとても大事な役どころと言えるだろう。


「わぁ、皆さん気持ちよさそうですぅ。私も後でゆっくり入らなきゃ」
　皆がそれぞれに寛いでいる光景に、サウナから零れた蒸気を僅かに頬に受けながら、ベージュ色のダウンに赤いマフラーと帽子の似合う雪寄 愛唯が幸せそうな声を上げた。手には、ロウリュというフィンランド式サウナの道具、そして白樺の葉で作られたヴィヒタと呼ばれる木葉の束をバケツに入れて持ってきていた。ヴィヒタはサウナで温まった身体を叩くと、白樺の良い香りと共に美容健康にもとても良いという、この地域特有の伝統的アイテムだ。
「ロウリュの道具を見つけてきたんですぅ。皆さんも是非使ってくださいねぇ」
　コトン、とロウリュの入ったバケツを、サウナの階段側に置く。これで皆のサウナがより楽しくなることは間違いないだろう。


「わぁ、眼鏡が曇って何も見えない……！」
　ひんやりとした雪の上に座ってクールダウン。しかし、そんな多喜 勇生の眼鏡を、サウナの蒸気と温まった身体の熱が容赦なく真っ白へと染め上げていく。
「何も見えないのは少し困るけれども……雪に座るのは気持ち良いなぁ」
　少し離れたトナカイと並んで、頭に被るトナカイのサウナハットがとてもよく似合う。積もった雪の上に体育座りをすれば、お尻からひんやりとした冷気がサウナで火照りきった身体をキーンと冷やしてくれるようでその温度差がとても心地よく感じられた。
「あれ……空に何か見える、ような気がするけれど……」
　勇生は一旦眼鏡を外すと、肩に掛けていたタオルで、湿度で完全に濡れきっている眼鏡を拭いて空を見た。
「わぁ、オーロラが見える……！」


「ふぅ……」
　サウナで温まりきった身体を冷やすため、志波 拓郎はしっかりと雪で染まった大地に両手を広げて仰向けに倒れ込んだ。雪にはしっかりと身体の沈みきった拓郎の跡が残る。ついでに足も大きく伸ばすように投げ出して、拓郎は身体の熱と雪の冷たさを気持ちよさ一杯に全身で感じ取っていた。
「ん、……なんだろう……？」
　ふと。先程から目に映る空は、日本では感じ取れないほど大きく星が煌めいていた。そこに、不思議な色が差す。
　水色、赤色、緑色。夜空に大きすぎるカーテンが広がり始めた。
「これ……オーロラか……すごい、な」
　サウナと共にオーロラまでもが同時に堪能出来る素敵な体験。
　それは深く心に残り続ける、とても思い出深い海外旅行となった――