寝子島の風にのって、ほーわほわ｜リアクション

寝子島の風にのって、ほーわほわ

　オオアナコンダがうねるようなアマゾン川を白いプレジャーボートが突き進む。目指すは上流。サファリジャケットを着た六人はデッキに立ち、野性味に溢れた景色に歓声を上げた。
　川を取り囲む密林では様々な生き物を目にすることができた。色鮮やかな鳥の群れは一同の目を楽しませる。川面をゆったりと泳ぐクロカイマンには興奮した顔を向けた。
　同船した現地の案内人が一方の川辺を指差す。プレジャーボートは速やかに減速して接岸した。自由な時間を得た六人は嬉々として上陸の用意を始めた。

　ひょろりと背の高い青木学は大型のリュックサックを背負い、周囲を探るような目で下船を果たす。右手に持っていたハンディビデオカメラで撮影を開始。探検隊に相応しい緊張した面持ちとなり、方々にレンズを向ける。

「我々は秘境、アマゾン川流域に貴重な一歩を踏み出した。密林に覆われた先にどのような試練が待ち受けているのか。かなり踏み込んだ内容の動画を届けたいと思う」
　いつもの軽い口調ではなかった。重々しい語り口で慎重に歩を進める。

「ここがアマゾン川なんだね」
　視界の邪魔とばかりに琴村嬢は被っていたサファリハットを脱いだ。好奇心に満ちた赤い瞳で周囲を満遍なく見回す。
「ジャングルもいいけど、やっぱり」
　嬢は笑顔でアマゾン川と向き合う。縮めていたロッドを伸ばし、濁った川でも通用する派手なルアーを取り付けた。
「寿司屋の娘としては、絶対に大物を仕留めたい！」
　気合と共にルアーを川面に投げ込んだ。生餌に見せるように細かい動作に入った。

　川辺に降り立った都府楼暦は立ち尽くす。緑色の瞳は静かな興奮を湛え、僅かに潤んでいる。

「……ここが、動植物の宝庫、ですか……」
　うっとりとした声で緩やかな歩を進める。黒髪は長く、前髪は綺麗な水平。白い肌はインドア派を思わせる。それでいて地を這い回る数々の昆虫に興味を示した。
「大型のクモはどこにいるのでしょう」
　言いながら大きな葉の下を覗き込んだ。

　彦生名瑠は恐々と船を降りた。長い黒髪を手で整えてサファリハットを被り直す。
「なんか、いそうだねぇ」
　口にした自身の言葉で軽く震える。アンバーの目が足元を見た。
「大丈夫だねぇ」
　ほっとした様子で密林を眺める。分け入るつもりはないのか。横手に見ながら歩いていく。
　その足が止まった。目は暦を捉えた。相手の視線の先には赤くて大きな花が咲いている。

「花を見ているのかなぁ」
　興味を引かれ、静かに近づく。相手を驚かさないように笑顔となり、軽く右手を挙げた。語り掛けようとした瞬間、名瑠の笑顔が強張った。
「見事なフォルムです」
　名瑠の驚きを他所に暦は微笑む。赤い花には大型のクモがいて長い脚は繊毛に覆われていた。
「ク、クモは、無理かなぁ」
　名瑠の顔は冷や汗に塗れた。

「強い引きが来たよ！」
　嬢の赤い目が一層の輝きを放つ。急いで糸を巻き取り、合間に細かくロッドを引いて揺さぶりをかける。川面に魚影が見えてきた。
　近くにいた学はハンディビデオカメラのレンズを素早く向ける。

「ここよ！」
　ロッドを一気に引いた。引っ張り上げられたピラルクが宙を舞う。
「特ダネじゃん！」
　学は素で叫びながらもレンズは外さない。嬢の笑顔とピラルクを撮り続けた。
　近くの木の枝にいたアナコンダが顔を出し、ちろりと長い舌を見せた。

　野菜原ユウは密林の側に立つ。薄暗がりに顔を突っ込むようにして覗き込む。
　地図を広げていた鬼河内萌は気づいて目を丸くした。
「ユウくん、まだ入っちゃダメだよ！」
　ポニーテールを激しく揺らして駆けつける。
「いくら俺でも、そんなチャレンジはしないって」
「本当に？　ユウくんだと、とってもしそうなんだけど」
「いやいや、それはないって、こともあるかな」
「どっちよー。それよりもどこに行く？　なんか希望とかってある？」
　萌は日陰を嫌って日の当たるところに移動した。改めて地図を広げる。片方の端をユウが持ち、そうだなぁ、と言って笑みを見せた。

「カレーが食べられるところとか」
「うん、いい感じ！　じゃあ、ここなんてどうかな」
　萌が一点を指差した。ユウは見ながらコンパスを取り出す。
「方角はこっちだな。今日の俺は冴えてるから鬼河内は安心して付いて来いよな、にししっ」
「期待してるね！」
　木の枝にいたアナコンダはユウをじっと見つめている。何度も舌を出し入れして黒い艶やかな眼を光らせた。