彷徨える寝子原人｜リアクション

彷徨える寝子原人

　右舷中央部。
　「私は崩落したアクロバットなコースのほうへ行くので、ちくわ君は虫コースのほうでお願いしまーす」
　制服の上に作業着を羽織り、手には虫取り網という出で立ちの少女、屋敷野梢が隣にいる少年にそう声をかける。
　「おっけー、部長」
　手すりにもたれかかりつつ、ちくわ君こと新井すばるは頷く。
　２人は生物部として洞窟内の生態調査へと来ていた。
　「とはいっても、優占種ばかりだと思うんですけどね」
　生物図鑑を広げながら梢が呟く。
　優占種。それは、ある環境下における生態系において、その生態系を特徴づける代表となる種、言うなれば多数派を指す。
　この場合は洞窟環境において、コウモリの糞や死体を餌（起点）とした生態系が構築される。だが、それを餌にし、洞窟環境という条件となると生物群というのは多様性を示さず、優占種ばかりになると彼女たちは判断したのだ。
　例を挙げるとすれば、ハエやゴキブリ、そしれそれらを餌とするクモやムカデの類となる。
　「となると、ボクら虫屋が涎をたらすような虫はいないかもしれないけど。ま、頑張るよ」
　すばるはそう言うとちくわを齧るのだった。

　「ネタロー、洞窟楽しみだな！」
　女性の中では……というよりも男性でも高身長の部類に入る、長身の『女子』生徒大山田団十郎はそう言って隣にいる猫島寝太郎に豪快に笑いかける。
　どこか野性味溢れる彼女の笑みや仕草は男性的なカッコよさがあった。
　「そうだねぇ。色々面白いものがあるといいよね」
　のんびりと頷く寝太郎。男勝りの団十郎と穏やかな雰囲気の寝太郎の雰囲気は男女間のそれではなく、親分子分のようなノリである。
　そんな２人は他の面々に比べると軽装備ではあるが、洞窟を歩くには十分な用意をしているようだった。
　「このまんま海風に当たっておくだけじゃ退屈だし、一緒に写真撮ろうぜー？」
　防水パッケージを装着したスマートフォンのカメラをいじる団十郎。
　「洞窟の入り口なんかも風光明媚なんだっけ？」
　カメラのフレームに収まるように寝太郎は動く。
　「おう、もちろんそこでも撮るぜ！」
　写真を撮りながらも、団十郎はそう言ってまだ見えぬ洞窟の方へと視線を向けるのだった。

　右舷船尾部。
　「洞窟といえば浪漫。しかし、もう一つの浪漫も忘れてはいけない！　そう、パンチラも浪漫！　いやぁ、探検に女子が半数もいるなんて幸せだなぁ」
　治療セットや非常食、探検の目印用にチョーク、組み立て式の長棒など……万全の体制で邪な目的に挑むのは横嶋下心。
　黙っていれば爽やかな好青年だが、動き出せば色欲の権化と化す。
　下心はボートに乗り込んだ女性陣を１人１人脳内に記憶していく。最優先はスカートの女子、隙がありそうな女子、洞窟内でフォローするチャンスがありそうな女子、などなど。
　とはいえ、洞窟探検である以上、ガードが堅い子のほうが多いことも事実でもあった。
　「いや、でも！　もしかしたらいざというときに助けてあげたらお礼に……なんて！」
　何かを想像したのか手のひらを閉じたり開いたりしつつ、エッチなことに関してはポジティブ全開な下心であった。

　「Идиоты счастливы」
　下心を一瞥した後、小さく呟いたのはロシア人の少女、ナタリア・シシロヴァである。彼女はタイトな黒地のツナギにコンバットブーツといった出で立ちで、どことなく映画などに登場する諜報員などを彷彿とさせる。
　そんな彼女が愛用のエアガンを手慣れた手つきで分解メンテナンスする姿はサマになっていた。
　「ミッション１、危険な場所における環境適応訓練。ミッション２、洞窟構造の把握。優先目標は他の出入り口の発見」
　端的にそう呟き、自身の目的をはっきりとさせる。まるで軍事訓練のような彼女のそれは流儀であった。

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