彷徨える寝子原人｜リアクション

彷徨える寝子原人

０.蠢くもの

　暗闇と静寂に支配された鼻岬洞窟内部。そこから、微かな息遣いが聞こえる。
　ぼろ布を申し訳程度に纏った"彼"は、洞窟の壁に手を当てて、ゆっくりと移動する。
　髪とも髭とも見分けのつかない毛むくじゃらの彼の顔。そこから表情をうかがい知ることはできない。

　数十分とも数時間とも感じられるような暗闇の中で、"彼"の呼吸だけが唯一の音として周囲の空間を震わせる。
　それ以外の音といえば、ごく稀に岩盤から地下水が染み出て、滴り落ちて地面を叩く極めて微小な音だけだった。

　"彼"が移動した先は天然の玄室とも言うべき。こじんまりとした円形の部屋だった。
　ごつごつとした岩肌ではなく、湿気を帯びた泥土に覆われており柔らかい。周囲に散らばる蝙蝠や魚と思しき骨を見る限り、彼のねぐらのようだった。

　「――」

　"彼"は小さな声で呟く。その言葉はまるで呪文か念仏のように難解な響きを持っていた。

　音もなく"彼"はその泥土に寝転がると眠り始める。　
　時間だけが昼も夜も問わずに暗黒の中で静かに過ぎ去っていく。

　そんな"彼"の静寂と平穏は探検者たちによって破られようとしていた。

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