彷徨える寝子原人｜リアクション

彷徨える寝子原人

１.木天蓼湾Ｐｅｔｉｔクルーズ

　船首部。
　「海なのだー！　寝子原人さんに会いに洞窟へゴーなのだー！」
　両手をいっぱいに広げ、ボートの先頭ではしゃいでいるのはジャージ姿の後木真央である。
　彼女の眼前に広がるのは雲一つない快晴の空の青と、午前の太陽をきらきらと反射する海の藍。右手側には九夜山の碧を臨むことができた。
　真央以外もそれぞれにその景色や朝の空気、潮風などを満喫している一方で、装備の確認に余念のないものや、打ち合わせなどをしているものもいた

　「ボートに乗り込んだ我々調査団一行は、はやる気持ちを抑えつつ神秘の眠る鼻岬洞窟へと順風満帆な船出を始めたのだった……。その時は洞窟内であんなことが起ころうとは我々は夢にも思っていなかったのです……。あ、真央もうちょっと右に動いてほしい」
　謎のナレーションをしながらデジカメで風景写真を撮っているのは旅鴉月詠。白髪のロングヘアーが風に揺れる。
　「了解なのだー！　月詠ちゃんはどこに行くのだー？」
　月詠の言葉に合わせてボートの右側へ飛び移る真央はどこか猫っぽい雰囲気を帯びている。探検道具を詰めたリュックを背負っているにも関わらず真央の動きは軽快さを感じさせる。
　「ん、鍾乳洞に向かおうかなと思っているよ」
　真央に比べたら軽装の月詠は素っ気なく答える。
　「真央ちゃんは蝙蝠コースなのだー！」
　元気よく真央は答える。寝子タブの水口記者の情報を基に、ボートに乗り込んだ面々は探索コースを決めていたのだった。

　彼女たちの隣では作業着姿の女子がぼんやりと空を見上げている。
　「……うん」
　空を舞うカモメの嘶きに合わせるように、見上げたまま頷く彼女の名前は大天使天吏。
　肩にはサバイバル向けのリュックを背負い、軍手、ゴム長靴など浮世離れした彼女の雰囲気とは対照的に実用性重視の装備で身を固めている。
　「寝子島は不思議。きっと、洞窟も素敵なところ……」
　囁きほどの小さな声で彼女はそう言うと、ＧＰＳや携帯電話などの装備の確認を開始した。

　「水口さん！　どうしてロクな装備がないんですかー！　あ、おはようございます」
　携帯電話で寝子タブの水口と話しているのはケイビング装備に身を包んだ普堂しおり。装備の各所にある猫ストラップがじゃらりと揺れる。
　彼女は前日のうちに水口に連絡を取り、装備や資料の提供を頼んでいたのだが、資料はともかく装備についてはロクなものがなく、結局自前で用意するはめになったのだ。
　『いやー……ボート借りるだけでも結構したんだよ？　あと僕の汗と涙の染みこんだサファリ装備ならあるけどさ……』
　電話越しに寝起きの水口の気だるげな声が届く。
　「そ、それは嫌です……」
　水口のトレードマークとも言えるあの緑色のサファリルックを着用した自分を想像して、さすがに憂鬱になるしおり。
　『まー、資料のほうもきっと見てもらってると思うけど、大したことは書いてないよ』
　しおりは水口の言葉を聞きながら、彼から貰った資料、『寝子島タブロイド調査資料・鼻岬洞窟編』に目を通す。
　「これ、持ち出し厳禁とか極秘とか書いてあるんですけど……」
　流し読みしながらしおりは資料に対してツッコミを入れる。
　「ああ、それは雰囲気作り。内容は図書館なんかで郷土資料漁った程度のもの。専門の学者さんなんかの調査資料なんてないからね」
　さらりと水口はとんでもないことを言う。
　「そういう専門的なことは、期待してませんでしたけど。寝子タブですし」
　ある程度予期していたのかしおりもさらりと切り返す。
　「う……そうだね。僕は別件の調査があるのでこれで。みんなくれぐれも怪我など無いようにね」
　探検に参加できないことを残念そうにしながら水口は話を切り上げる。
　「はい。特大スクープ期待していてくださいね」
　そう言ってしおりは通話を切ると、自分で調べた資料と寝子タブの資料を見比べるのだった。

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