彷徨える寝子原人｜リアクション

彷徨える寝子原人

７.かくて世界は浮遊する―Ｒｅｐｅａｔｅｄ―

　「ピエールに会える当てなんてあるの？」
　意気揚々と進むしおりに声をかける天野。
　「九夜山、三夜湖方面に向かえば、要石とともに眠っているピエールに会えるはずっ。近くにいけばもしかしたら浮くかもしれないし！」
　方位磁針を確認しつつ、一路東へ向かうルートを選択し続けるしおり。もちろん分岐では猫型のグッズを置くことを忘れない。
　「確かに、地図上では三夜湖に近づいてはいるけど」
　天野は地上の地図を開き、大まかな位置を把握する。とはいえ、直線的に移動できるわけではないので時間的な問題なども含め不安が残る。
　「逆巻さんはピエール君に会って島の秘密なんかに迫ることに喜びを覚えたりしないっ？
　ロマンに輝く大きな目で天野を見るしおり。探検を実に楽しんでいる様子だった。
　「僕も島のことは知りたいけどね」
　それは天野の望みでもあった。故に、しおりのことを止めようとは思わないのだが、些か性急過ぎないかとも感じていた。
　洞窟がそこまで繋がっていなくて、単純にピエールが土に埋まって要石で封印されている可能性も彼は考えたのだ。
　それでも彼らは東へと進む。可能性はゼロではないからだ。
　
　「洞窟ってどこまで続いているんだろうね」
　帰り道はしおりの『猫間飛行』を信じて、色々覚悟を決めた天野が呟く。探索を開始して数時間。すっかり夕暮れにも近い時刻になっていた。
　「きっと探検家が諦めるまで続いているんですよ」
　しおりはまたたびメイトを齧りながら答える。湿度が高い為、２人が汗を拭う回数も増えている。
　「水口さんが言いそうなセリフだよ、それ」
　天野が思わず苦笑する。２人の道程はなかなか進まない。東へ行こうとしても何度も何度も迂回しないといけないのだ。
　微々たる進みに対して時間は平等に進み、気持ちは急くばかりだった。

　２人がとある曲がり角を曲がった瞬間。
　唐突に視界が開ける。
　鍾乳石の連なる空間から一転して、そこは大きな空洞のような場所だった。
　足元には地下水が広がり、奥までは光が届かず見通せない。
　「……ねぇ、普堂。ろっこん使った？」
　何かを察した天野が訊ねる。
　「使ってないけど、どうして？」
　しおりは首を傾げる。
　「あれを見ればわかるよ」
　ライトで天井の一点というには広い範囲をスライドさせながら天野は照らす。
　そこには鍾乳石と一体化したような、魚の流線型の胴のような一枚岩が伸びていた。距離が遠い為、曖昧だが鱗のような模様も見て取れる。
　「え、三夜湖直下に着いたの！？　ピエールくーん！」
　しおりが天野の指摘で石化したと思しきピエールを見つめ叫ぶ。彼女の声が空間に反響しては、儚く消えていく。
　「いや。三夜湖直下にたどり着くにはもっともっと時間かかったはずだよ。だけど、ここは三夜湖直下だと思う。……たぶんね」
　やや顔を伏せて天野は考え込む。
　「じゃあ、いつの間にか洞窟でワープしてた？　ってことで！　ピエール君、反応ないなぁ……。よーし、もっと大きな声で」
　楽しくポジティブに結論付けたしおり。
　「そっとしておきなよ。……ピエール、今日は原人を探しに来たんだよ」
　もう一度叫ぼうとしたしおりを窘めつつ、天野は小声でそう報告する。

　ふわり。

　と、一瞬だけ無重力になったような錯覚に陥る２人。

　それはピエールが応えた現実だったのか、洞窟が見せた幻覚だったのか、それは分からない。