彷徨える寝子原人｜リアクション

彷徨える寝子原人

５.断崖絶壁クライミング

　洞窟の一部が崩落し、床や通路が途切れ跡切れになった空間。崩落の影響により、空間そのものが他のルートの数倍も大きい。
　「縦横だけじゃなく、上方にも下方にも広いね」
　ライトで周辺を照らしながら月乃が呟く。足を滑らせたりして落下しないように、厚手の手袋で近くの岩壁をつかんでいる。
　「まるでアトラクション施設かアクションゲームのステージみたいね」
　エヴァがアンカーを岩壁に打ち込み、ザイルをするすると通していく。彼女たちは崩落したルートを進んでいた。とはいえ、今のところそこまで難易度が高いような箇所には遭遇しておらず、順調である。
　「俺が殿を務めますので、さ、みなさん先に行ってください！」
　下心が爽やかな笑顔を女性陣に向ける。
　「ここは男子がカッコイイところを見せるところですよ」
　彼のザックににこにことザイルを通すのは梢。
　「仕方ないですね、僕が先でみなさんを抱き留める役目、しっかりと全うします！」
　どこまでも前向きな下心が、ザイルを使った岩壁登攀による移動を開始する。彼の体重に軋むように、パラパラとアンカーを打ち込んだ岸壁から小さな石片が零れ落ちる。
　女子の視線があるからなのか、それとも純粋なエロパワーが成せる技なのか、下心は無難に移動していく。
　「なんだかんだで男の子だよね」
　アンカーが抜けたときすぐに対処できるように、月乃がろっこん『一粒入魂！』をスタンバイしている。彼女の能力は飴を舐めている間だけ身体能力を強化するというシンプルだが扱いやすいものである。
　「しかし、あの子たちは何というか……訓練でもやりにきたのかしらね」
　４人とは別ルートを進む２人の少女を見上げながらエヴァはぼやく。
　「シシロヴァちゃんはそうかもしれませんねー。桃川ちゃんはよくわかりませんけど」
　梢はぼやいたエヴァに声をかける。そして、洞窟内の光源が限られることを利用して、同行者に気付かれないようにろっこん『胡蝶の夢』で梢は断崖を越える。
　「きのこガールがいつの間にか移動を終えていて、なかなかそのスカートの中の桃源郷を拝めないのが誠に残念なんですが！　何気に素早くないですか！」
　梢のことを謎のあだ名で呼びつつ、下心は彼女のスカートとソックスの合間の肌色の領域に視線を向ける。
　「山遊びや屋外調査は得意ですからねー」
　ろっこんのことを隠しながら梢は作り笑いを浮かべた。

　エヴァたち４人が慎重に、そして着実に進んでいく途中。移動の経路的に下降しての迂回を選択した先。周囲を地下水で覆われた小島のようなところに男子が１人いた。
　「釣れますかー？」
　梢が興味津々に声をかける。その釣り人の釣果が気になったのだろう。
　「……」
　どこか胡乱な目つきをした猯利が梢の問いに頷く。彼の周囲には数種類のルアーや毛鉤が置いてある。いくつも試したのだろう、それらは全て湿っていた。
　「海水魚です？　それとも淡水魚です？」
　興味深そうに図鑑を広げ、猯利に迫る梢。
　「ミミズハゼがいくつか。洞窟性のタニノボリや盲目魚の系統も多少」
　ぼそぼそとした声で彼はめんどくさそうに答える。
　「ということは、この辺とかこの辺とかがいたわけですね」
　生物図鑑をライトで照らしつつ、梢は猯利に確認を取る。
　「そうだな」
　梢の話に相槌を打ちながら、猯利はロッドを一度戻し、再度投げ入れる。その一連の動作は手慣れたものであった。
　「ご協力ありがとうございましたー」
　いくつか生物調査に関するメモを取った後、梢は猯利を解放したのだった。

　断崖のルート。上方。２人の少女が岩肌に取りつきながら登っている。
　「どうして上を目指すの？」
　先行しているナタリアに気まぐれで問いかける圭花。
　「愚問ですね」
　ナタリアは２、３メートル下から追従している圭花に辛辣に答える。
　「……崩落した箇所は岩盤ごと崩れ落ちて外部と繋がっている可能性があるから、かしら」
　負けず嫌いの圭花は回答を自身で見つける。そして、自分の高身長を活かし、ナタリアとの差を詰める。
　「Да...正解です」
　ナタリアは猫のように体を丸めて、岩と岩の隙間に体をひっかけるようにして登攀していく。
　圭花は自身の握力と腕力を頼りに懸垂するように自身の体を引き上げる。
　「まさかケイビングではなくロッククライミングとはね」
　皮肉げな笑いを圭花は浮かべる。ナタリアに対する興味がこんなことになるとは思っていなかった圭花ではあったが、そんなことは絶対に口にしない。
　「次の岩壁が突き出した箇所で休憩しましょう。食糧は持ってきていますか」
　あくまでも事務的に喋るナタリア。彼女が指定した岩壁までは１０数メートルほどの高さがあった。
　「もちろん、よ……！」
　馬鹿にしないでと言いたげな瞳でナタリアの黒いツナギを見上げる圭花だった。

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