化かし狐のお礼参り｜リアクション

化かし狐のお礼参り

　新井すばるも駆けつけてきた。フシギと関わることの多いもれいびにして、噂の流布が早い寝子高生でもある彼のところに、騒動が聞こえてこないはずがない。もう少し愉快な展開になっていればよかったのだが、すばるがやってきた時には、事態は多少血なまぐさいことになっていた。昭和の悪ガキ然としていた妖怪狐は、化ける力もなくしてぐったりと傷だらけになっている。尾は妖気をまとわぬただの獣と同じ、一本だけだった。
「ちょっ、ま、待ってよ!?　一体何があったの？」
「この子にはお仕置きが必要なんですよ。バチが当たったというところでしょうか」
「そんな……」
すばるは青ざめる。見れば狐を守ろうとしている者もいるようだが、それ以上に、血に濡れた現場の光景が彼を動揺させた。
「いたずらぐらい、では済まなくなった。われら人間もそれなりの対応をしなければフツウは守れまいよ」
夏神零はまつげの長い目を伏せがちにして答える。すばるはうろたえながら摂狐の前に立った。
「しっぽ……ないよね……え、えっと、取り戻したら何とかなるとか言うってことはないのかな？」
ぐったりとしていた摂狐が口を開く。
「切ったり貼ったりできるものならこうしてはいない……」
「そんな……平和的な解決はなかったの？」
最初に摂狐と交戦状態になった、尾鎌蛇那伊と鈴野海斗も到着する。
「あーんれまぁ。とんでもないことになってるべな。結局尻尾はちょん切れちまったか」
同じくしてこの場にたどり着いたオーマ・トンノは思いもしなかった方向に転がりつつある狐騒動を無表情に眺めていた。神社に一向に戻らぬ晋狐に、何かおかしいと気づいた刻人・F・ミセリアが動き出した結果である。
「ふうん。こういう結果になっちゃったのか」
（今の島では、もれいびたち、ひいてはらっかみの力が他のフシギを放逐していく……）
計画が失敗したのにもかかわらず、刻人は愉快そうな表情だった。
「オーマ、帰ろう？　僕らの役目はここまでのようだから」
オーマはやはり答えない。黙って『上司』の後に従い、姿を消した。

　御剣刀は桜庭円の説得を見守っていた。円が自分の力で幻術を振り払い、自分の言葉で、妖狐に一人の人間として思いを伝えているのも。だがそろそろ、摂狐の言い分も聞いてやるべきではないだろうか？　刀は逆巻天野と志波武道に支えられ、ショックで石のように黙りこくっている晋狐に近づいた。
「話を聞かせてもらえるか？」
少女妖狐はこわばった顔で刀を見た。武道と天野は無言で、厳しいことは言ってやってくれるな、と訴えてくる。刀の目に敵意がないことを知り、晋狐は重い口を開いた。
「もう話すことなどありません。私は絶望しました。人間たちの恐ろしさにも、自分の浅ましさにも」
「あっちが暴れださないように、摂狐のほうを見張ってやっていてくれ」
刀は晋狐を守るように立つ二人に声をかける。円に武道、天野がいれば狐退治を望む者たちもそう無茶はしないだろう。
「妖怪対人間になってしまったのが辛いのか？」
「そうです。復讐が必要だったのか、もう私にはわからなくなってきました。あに様に従う意味も。あに様が尾を失った時、私は思ったのです。これなら私の方が妖狐として上ではないかと。自分にも嫌気が差しました」
「お前たちを倒したい奴ばかりじゃない。摂狐の傷は治してやるし、今からでも何とかいい方向に向かう策を考えよう」
晋狐はその言葉にうなずけなかった。それも無理はない、と刀は思う。