夢か現か、ただいまは白昼なのか、さては夜更けか。授業を受けていたのだったか。寮の自室でまどろんでいるのだっただろうか。何もかも定かでない時、所に自分が立っている。そのことに
双葉 仄は気づいた。
「なんだ、ここは?」
「ここは俺の領域だ。お前の墓場になる場所よ」
すうと音もなく、少年の姿が現れる。ショートカットにカジュアルな服、今風の小学生と言いたいところだが、どこか古臭くちぐはぐな印象を受ける。仄はこんな少年に見覚えはなかった。
「む? 誰だ?」
「なんと愚かな! これでもわからんか、人間!」
少年の体からは、見事な狐の尾が二本生え出た。獣の尾を持つ少年に、仄はようやく思い出す。
「ああ、じゅりか。多少野暮ったいが、見違えたな」
「貴様は! そのおかしな名前で俺を呼ぶな!」
いかなる手段を以ってしてか、突如仄の前に現れたこの少年は、『化かし狐』と呼ばれる妖狐の類であった。取りつきやすい人間を選んで長きにわたって化かして遊び、先日には猫又川全体に得意の幻術とやらを撒き散らして、多くの人々を混乱させたのだ。仄たち若きもれいびたちの活躍あって、妖狐は成敗された、と思われていたのだが。『じゅり』という少女のような名は、その際に彼女が狐に与えた名であった。もちろんこんな名を狐が喜ぶはずはない。少年に模した目を見開き、らんらんと輝かせながら化け狐は叫んだ。
「俺の名は摂狐(せっこ)! 妖狐を愚弄し、辱めを与えた人間どもを決して許さん! 祟ってやる! 今日の夕刻からひとり残らず仕返しをしてやるからな! 俺の尾を奪ったあの小僧にも伝えるがいい!」
その声を聞いたとたん、仄はあやかしの空間から放たれて、現実に戻ってきていた。どうにも合点がいかないといった顔をする。
「はて。そんなに憎まれるようなことをしただろうか?」
【シナリオ概要】
『猫又川の狐化かし』でこらしめられたはずの化け狐が、人間に復讐したいそうです。持てる力のすべてを注いで攻撃を仕掛けてくる狐に、どう対処しますか?
前作を知らない方でも参加していただけますが、リアクションを呼んでいただけると事件の背景がよりよく理解できることと思います。
【『猫又川の狐化かし』あらすじ】
三十年余にわたって狐に化かされ続けてきた『化かされおっさん』と、狐の妖怪にまつわる物語が『猫又川の狐化かし』でした。参加者たちの活躍あって、妖狐とおっさんの特殊な関係は解明され、おっさんは長年の化かされ生活から解放されました。また、このシナリオでは双葉 仄さんが妖狐に『じゅり』という愛らしい名をつけて大変に怒らせ、邪衣 士くんが三本あるうちの狐の尻尾を一本ちぎり、その妖力を減衰させてしまっています。これらが狐の最大の復讐の動機になっているようです。高校生の皆さんが真っ先にターゲットになるでしょう。狐は一人ひとりの顔などはっきり覚えていません。学生キャラクターはみな『あいつらの仲間』と認識されますのでご注意ください。
【登場NPC情報】
摂狐(せっこ)
今回の敵となる齢90年のなりかけ妖狐です。妖力の証となる尾を三本持っていましたが、『猫又川の狐化かし』事件でそのうち一本をちぎり取られ、正味三十年分の経験から獲得した力を失っています。怒りっぽく、気位が高く、人間を憎んでいます。ただしずっと化かし続けてきた『化かされおっさん』こと鹿沼だけには、歪んだ親近感、友情のような気持ちを抱いています。
失った力を補うものは知恵しかないと、現代の人間についていろいろ勉強してきました。その成果あって、坊主頭をショートカットにまで伸ばし、服装も和装からカジュアルな洋装に変化しています。が、やはりどこか時代遅れのファッションをした小学生といった感じです。自身の名が『せつこ』という人間の女性名に似ているという知識を得たせいで、そう呼ばれると激怒します。双葉さんが名づけた『じゅり』も同様です。
摂狐は『猫又川の狐化かし』同様、現実と区別のつかないほどの幻術を得意とします。が、もはや川全体に影響を及ぼすほどの力はありません。せいぜい至近距離で対面している人間二人~三人を化かすのが精一杯でしょう。また、狐の幻術を破る方法はずいぶん広まってしまっています(ヒントとして前作リアクションをお読みになるのもよいでしょう)。島を徘徊し、敵と認識した人々に攻撃を仕掛け、自分の力を思い知らせるつもりです。ご丁寧に「本日の夕から出ます」と時間は教えてくれています。狐の姿に戻り、鋭い蹴りや噛み付きを行う場合もあります。
晋狐(しんこ)
摂狐の妹分の、まだ若い妖狐です。今回摂狐とタッグを組んで、人間退治に参加します。二匹の名前は『妖狐らしい風格のある名を』という注文のもと、彼女が苦労して考えたものです。尾の数は二本。気の強い性格のうかがえる、上がり眉のおかっぱ頭の童女の姿に化けます。兄貴分の摂狐に従いながらも、尾の数が同じ今、自分は摂狐と同格なのではないかと疑問を感じ始めています。
晋狐は摂狐よりは理性的で、人の話を聞く余裕もあります。一人で行動している場合もあれば、摂狐と合流している時間もあるでしょう。彼女は幻術を使うことはできませんが、非常に優れた聴力を持っています。こっそりと近づくことは難しいでしょう。争いになった場合は反撃せず、逃走しようとします。
鹿沼 茂之(かぬま しげゆき)
『猫又川の狐化かし』で登場した、通称『化かされおっさん』です。五十四歳、旧市街のはずれの一軒家に住んでいます。ちょっとメタボな体型、運動は苦手です。心優しく、傷ついている者を敏感に察知する細やかな神経の持ち主ですが、運に恵まれない人生で、万年平社員、未婚のままです。
幼少のころから摂狐に気に入られ、ずっと化かされ続けてきました。彼と摂狐の奇妙な関係は、孤独から逃れるための共依存のようなものです。もれいびたちに摂狐が懲らしめられてからは、化かされることはなくなり、摂狐との接点もなくなっていますが、彼との再会を切望しています。今回の復讐宣言については、彼はまだ知りません。呼びかければ、一緒に行動してくれるかもしれません。ただし、自分の立場とは無縁な場所、たとえば学校敷地内などには遠慮して入りたがりません。