化かし狐のお礼参り｜リアクション

化かし狐のお礼参り

「あに様！」
　突然、晋狐は逆巻天野の手を振り切って駆け出した。慌てて志波武道もあとを追う。
「どうしたんだいきなり！」
「あに様が戦っています！　でも、これは……そんな！」

　駆けつけた現場は、惨状と言うほかはなかった。摂狐の尾はもはや一本しかない。
「しっ。少し様子を見よう。あまりにも……あの場所の空気は異常だ」
「ですが！　あに様がこのままでは！」
武道がはやる晋狐をとどめる。摂狐は傷つきながらエレノア・エインズワースに立ち向かっていた。自慢の牙も、幻術も、すべてを否定するエレノアの前になすすべもない。エレノアは決して、近接攻撃の間合いに摂狐を入らせない。冷たい微笑を浮かべてぴしぴしと水鉄砲の水を飛ばし、敵をもてあそんでいる。任務を果たした夏神零はようやく目覚めた常闇月を抱え起こしていた。そばで野次馬を決め込んでいた添木牡丹、いやのばらが、ぐるりと晋狐たちの方を向く。
「アハッ……この狐に止めをさすまえに……そこのあなた？　もう一匹、いますよね」
呼ばれた晋狐はたまらず物陰から躍り出る。
「許しません！　あに様になんということを！」
「あなた、今あそこでボロ雑巾のようになって戦っている狐の上に行くチャンスですよ？」
「な、何を！」
「どうせ本当のきょうだいなんかじゃ、ないんでしょ？　ウフフ……」
のばらは近づき、人差し指を伸ばして晋狐のあごをつうとなでた。彼女の言は正しかった。二匹の妖狐、同じ母から生まれたわけではない。力の強弱で年長、年少を決めているだけで正しい年齢も定かではないのだ。
「従って何の得があるんです？　強い方についちゃえば早いのに。ほら、あなたが奴の尻尾を引き抜いちゃえば……」
「待ってくれ！　これ以上の暴力は何にもならないだろ？」
武道が間に割って入る。
「フツウはひとやもれいびだけのものじゃないんだ。原因は、狐たちのテリトリーに踏み込みすぎた俺たちにもあるんじゃないかって……ぐぁっ！」
「邪魔しないでくれますぅ？」
狐面に覆われていた顔を月夜にさらし、のばらがにんまりと笑う。少女とは思えぬ強い力で武道の腕を握り締め、包帯を巻きつけていた。『傷移し』を一つ念じるだけで、のばらの傷は武道のものとなる。先ほどまでメスが深々と刺さっていた新しい傷が突如刻まれ、武道は苦悶の叫び声をあげた。晋狐は恐怖と衝撃におののき、動けない。とっさに天野がその前に出た。
「狐の味方をするつもりですか？」
エレノアの冷徹な問いに、天野は動じることなく答える。
「僕は狐たちを守るよ。人間の思惑の方がよっぽど恐ろしいね」
灰の瞳と緑の瞳がにらみ合う。のばらは疲弊しきった摂狐を素手で捕らえ、体重をかけて地に組み伏せた。騒ぎに感づき、そこに駆けつけてきたのは後木真央と初島優だった。
「あ、あれ？　幻覚は？　狐はー!?」
特製煙幕玉の活躍すべき機会を見失って優は落胆している。真央は血なまぐさい現場に遭遇して青ざめ、すぐさまねこったーで事件を知るものに呼びかけた。
『狐関係、いろいろとピンチなのだ！　覚えのある人はすぐに来てほしいのだ！』